2011年11月29日火曜日

知能指数100が平均ということは?

知能指数を判定できるウェブサイトがある。私がやってみると120を超えるような、能力以上と思われる数値が出た。以前に似たようなものをやったことがあるのと、インターネットの知能指数テストの判定誤差によるものだろう。ただ、こんな私でも100前後程度の平均的な知能があるのではないかと勝手に思っている。

国による差や、知能指数という基準の捉え方もあるのだが、大雑把に頭の良さのようなものだとして、平均が100ということは100に満たない人が半数いるということである。
頭の良さというのは、生活において、かなり影響があると思う。
日々選択だ。道路を移動するにも、買い物をするにも、仕事でも、私生活でも、少なからず頭を使う。
ちょっと判断を誤ったからといって、すぐに命に関わったり、取り返しがつかなくなるようなことにはならないが、判断の積み重ねや、致命的な局面では、重要なこともあるだろう。
職業や性格形成にも影響しそうだ。
頭が悪いことで社会的に摩擦ができ、チンピラのようになってしまったり、反対に引っ込み思案になりすぎたりということがあるのかもしれない。
本人はそう思っていないだろうが、世の中、頭があまりよくないことで、不利な生活をおくっている人が結構いそうな気がしてきた。
おっと、ひょっとしてこれは私のことかも、どおりで世の中うまくいかないわけだ。

しかし、頭が良すぎることも不幸だろうと思う。
例えば、水の入ったコップを手に持ってひっくり返せば、水がこぼれて床を濡らす。分かりきったことだ。もしも、そのように明らかに分かりきったことをわざとする人がいたら、私はイライラするかもしれない。
つまり、考えられる人には当たり前のことが、考えられない人には当たり前でないということが起こる。
頭の良すぎる人は、日常的にその状態だ。頭の良い人にとって当たり前のことでも、周囲のほとんどの人はそんなに頭が良くないから、同じように予測できない。
頭の良すぎる人は、周囲の行動に「なに、分かりきったことを失敗してんだ」と、じれったく感じるばかりだ。

私はスーパーやコンビニで買い物をする時、レジで、買った物の金額を暗算している。正確にはしないが、だいたいの総額を計算する。
そして代金の支払い時に予想通りだったか確認できる。大きく違っていたら、レシートをチェックする。その時はたいてい私の勘違いで、後から気付かされて納得するだけだが。
日頃から頭を使うことを億劫がらず、先を見通すようにしておきたいとの思いから、そんなことをしている。

頭が良くなっても、そんなにバラ色の世界でもないのだが。

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