2012年9月27日木曜日

ロゼッタストーンのスタジオがよく分かる2つの動画

今日はロゼッタストーンのスタジオの様子が分かる動画を2本ご紹介します。

一つ目は、ロゼッタストーンのオフィシャル動画です。
デモンストレーションとして、ロゼッタストーンスタッフが英語版のスタジオをマンツーマンでやっています。
http://www.youtube.com/watch?v=sOjNtBXniQA
印刷した紙をテロップ代わりにカメラの前に掲げていて、ああビデオ編集ができないんだなあ、と素人臭ささを伺わせるのがなんではありますが、編集されていないお陰でノーカットで見ることができます。
これは一番簡単な、レベル1-1のスタジオです。マンツーマンなのでグループレッスンの雰囲気が分からないのと、あまりにも淡々と進みすぎているのが、少々現実的ではありませんが、スタジオというのは画面の写真を見ながら質問と回答を繰り返して進んでいくことが分かると思います。実際は出席者が複数いれば順番に質問されます。レベルが上がればコーチによってアドリブの質問が来ることがあります。
たいくつなビデオですが、スタジオの進み方が分かりやすいビデオではあると思います。

次は、日本語版のスタジオのビデオです。
外国人がロゼッタストーンで日本語を勉強しています。
ロゼッタストーンのスタジオがどんなものか知りたい方は、こちらの方が参考になるかもしれません。英語版は、これの逆ということですから。
http://www.youtube.com/watch?v=ncdXIBChz0o
「これはだれですか」と聞いているのに「オレンジです」と答える。
「分かりません」を一回で覚えてくれない。
素晴らしく現実的だと思います。このリアリティこそがロゼッタストーンオフィシャルでは出せないユーザー制作ビデオの良さだと思ったりします。

marlissa21さんは他にも日本語版スタジオのビデオをアップされているようなのでよろしければご覧ください。
http://www.youtube.com/user/marlissa21

ロゼッタストーンのスタジオが嫌い、苦手、無し、苦痛、つらい

みなさんはロゼッタストーンのスタジオに出席していますか?
ロゼッタストーンを購入した人の中には、実はスタジオが嫌いとか苦手という人が、一定数おられるのではないかと思っています。どんなものにも好みがあるのは仕方ありませんが、誤解、杞憂、臆病ということであれば、考え方次第でもあるので、もったいないことのように思います。
スタジオが嫌な方はどんなことを心配するのでしょうか。

・プライバシーに関わることを言わなければならない
スタジオでは、個人的な質問をされることがあります。週末何をしたか、兄弟はいるか、どこの国に行ったことがあるか、結婚しているか、生活環境、年齢が推定できること等です。もちろん英会話の練習としてなのですが、グループレッスンですから他の出席者にも聞かれています。
世の中完璧な人はいません。年齢、体型、病気、障害、趣味、社会的地位、収入、交友関係等・・・人には得意なこともあれば、苦手なこともあります。誰でもコンプレックスを持っています。私にもたくさんの弱点があります。聞かれたら答えにくいこともあります。私はなんの問題もなく人生を謳歌しているわけではありません。誰でもそういうことはあると思います。

例えば、ニートと呼ばれる人達がロゼッタストーンをやっているとします。職業がなく、学生でもないことに、本人はコンプレックスを持っているかもしれません。その人に対して、職業を訊かれたとしたら、どう答えたらいいでしょうか。
ひとつは「それは秘密です」とか「言えません」と答えて、言わないようにすれば嘘をつくことにはなりません。
正直に言ってもいいと思います。「今、職業を持っていませんし、学生でもありません。悩んでいます。」
嘘で適当なことを言っておいてもいいです。「私は総理大臣です。」
意識や考え方次第ということですし、ゲーム感覚で考えることもひとつだと思います。
毎回、答えを変えたっていいんです。

重要なことは他の人の良い部分だけを見て、自分が劣っている存在に思うことはないということです。ロゼッタストーンに参加している人には、一見充実した生活を送っているように見える人も多いですが、見えないところではどうなのか分かりません。というより人には必ず欠点があります。
忙しく仕事をしているのが充実していると思う人もいれば、そういう価値観をかわいそうに思っている人もいます。考え方は人によってまったく異なります。

・他人への気遣い
スタジオはグループレッスンですから、他の出席者へ多少の気遣いは必要です。最低、迷惑をかけないようにしなければなりませんが、過剰な気遣いはいりません。
あるとしても一般的なことで、特に意識することはないと思います。例えば、他の人が話している時は、最後まで聞くとか、自分の話したことが相手に伝わらなかったときは、分かりやすいように言い直すとか程度です。

そもそも英会話はコミュニケーションの手段です。英語で他人と関わるスキルこそが、英会話そのものです。生身の他人を意識した受け答えをすることは実践的な練習です。

私は出席者の誰かがなにかおもしろいことを言ったりすると、つい声を出して笑ってしまうことがあります。愛想笑いではなく、自然にそうなってしまいます。いつもゲラゲラやっているわけではありません。リラックスして受けていれば自然にそうなってしまうことがあるのです。テレビでバラエティ番組を見ていておもしろい場面があったときに、笑ってしまうような感じです。
人の言ったことを聞いてあいづちを打たなければならないということはありませんし、なにか気の利いたことを言わなければならないこともありません。
スタジオは単なる英会話のレッスンです。嫌ってかからず、肩の力を抜いて受けてください。

・失敗したり、言葉に詰まる
スタジオで使えるのは英語だけです。コーチはネイティブ外国人で、日本語は分かりません。他の出席者も韓国人やイタリア人等、日本人とは限りません。
日本語で何かしゃべっても独り言としてとられたりして、他の日本人を含め、誰も日本語では返答しません。
コーチから「これは何色ですか?」と訊かれて、その色を英語でなんと言えばいいのか知らなかったとしても、知らないものは答えようがありません。語彙のように知識があるかないかの問題だけでなく、言いたいことを英語でどのように話したらよいか言い回しが分からないことがあります。
そんなときは、なんとかがんばってみるか、無理なら「分かりません」と答えてください。英語なら「I don't know.」でOKです。それすら口から出ず、沈黙してしまっても気にしないでください。いや、凹むくらいでいいです。

そうした屈辱やもどかしさは言語学習の過程で必ず通らなければならない儀式のように思います。
言語習得に負の側面があることは、ロゼッタストーンだけのことではないですが、そういう難点といえるようなことをロゼッタストーン社のような語学教材会社は言いにくいかもしれません。しかし、マイナス面こそ事前に承知しておいた方がいいことだと思います。
外国語を習得するのは簡単ではありません。ロゼッタストーンはそれなりの金額を出して購入するものではありますが、それで痛みなく外国語が使えるようにはしてくれません。簡単に身につかない技能を身につけようとするのですから、なにかしらの難しさがあります。
英語学習したい人が思い描く典型的な夢物語に、ある程度話せるようになってから、英会話をやってみたいというのがあります。しかし、ある程度話せるようになることが簡単なら苦労しません。文法や単語を勉強しても話せるようになりません。英語の音声をたくさん聞いても話せるようになりません。話すことが目的なら、まず話すことが先です。話さないのに話せるようになりません。
ロゼッタストーンのことではなく一般論ですが、単語の丸暗記やパズルのような文法を机上でやっても、退屈で眠たいだけです。英語の音声を聞き流しても、答える必要がないので真剣に理解せず、BGMになるだけです。使わないことはしばらくすると忘れてしまいます。最初、文法は現在形や現在進行形程度で十分です。過去のことを言いたいことがあって言えなかったとしたら、そこではじめて過去形を勉強すればいいのです。必要に迫られて理解する勉強は、用もないのにする勉強とは違います。必要になったときに必要な分だけを都度勉強していけばよく、必要に迫られたことをひとつだけ勉強するのと、必要としていないことを闇雲に勉強するのとでは、身につき方がまったく違います。

もうひとつ、よくある失敗が、勘違いや思い込みです。
コーチの言っていることを取り違えて、トンチンカンな回答をしてしまうことがあります。
あるいは、スタジオの中での何かについて、他の人がこうだと言っているのに、自分はあれだと言いはってしまったとして、後から調べると自分が間違っていたなんていう語学とは関係ない失敗もあるかもしれません。
それで、穴に入りたいような、自己嫌悪を感じるかもしれません。
誰でも間違えることはあります。他の人はまったく気にしていないでしょう。気にするのは、自分が完璧でないことを悔しがる自分自身だけだと思います。

・他の人が上手すぎる
最大4人までのグループレッスンですから、他の出席者がいます。当然、自分より上手な人もいます。
自分の失敗は気になりますが、他人の失敗は気にならないので、他の人の方がうまくみえるということもあるでしょうが、あきらかに上手な人もいます。特に同じユニットのスタジオを何回も受けている人、上のレベルまで進んでいる人、現地に住んでいる人、帰国子女、他の学習方法を併用している人、等です。
そういう人と一緒になったとき、「なにくそー」と燃えるかといえば、たいていはしょぼくれてヤル気を失うのが現実かもしれません。

私はロゼッタストーンのレベルが上がって来た今さら、レベル1のスタジオに出ようとは思いません。内容が簡単すぎたり、他の参加者とレベルが合わないと思われるからです。もちろんレベルの低いスタジオで、上級レベルでやっているフレーズを持ちだして、ひけらかしたいとも思いません。
できる可能性の高いスタジオではなく、十分でないスタジオの方を受けてしまいます。できることが分かっていたら面白くありません。できないことに挑戦し、当然できなくて、それでもたまにうまくいく事があるから嬉しいのです。成長するからやる意味があります。

・怖い
間違えたり、恥をかくことを恐れると、スタジオは怖いです。できないことをするのですから絶対に間違えます。間違えないなら練習する必要ありません。間違いを恐れないことが大切です。自分は間違えない人間ではないと認め、完璧主義を捨てます。
コーチが間違いをよしと見ないことがあるとすれば、単なるコーチの勘違いか能力不足です。

これはあまり関係ない話かもしれませんが、私が今までに受けたスタジオの約75%は女性のコーチです。さらにコーチを含め5人いて、自分以外全員が女性なんてことがあったような記憶もあります。男性、女性、両方に良い面、悪い面があり、どっちでもいいことですが、スタジオは怖いものではなく、女性が安心して受けられるようなものであるということは言えると思います。



私はスタジオがストレスに感じることがあります。始まる直前はキャンセルしたい衝動にかられることさえあります。それでも受けていますが、納得いかない結果になることもあります。しかし、受ける回数が増えるにつれ、慣れてくるといいますか、打たれ強くなるのでしょう。後を引かなくなってきます。完璧を求めず、ある意味いい加減に受けるのがいいのではないかと思います。

もし英語を勉強してから、話すことに挑戦しようと思っているなら、すぐ話すことに挑戦してみてください。
英語ができるようになってから英会話ではなく、英会話が先です。
ロゼッタストーンは初歩から経路に沿って学習していくので、英会話をまったくしたことがない人には特にオススメです。
ショートケーキのいちごを最後まで残しておくのではなく、はじめから食べてしまいましょう。

2012年9月26日水曜日

ロゼッタストーンのスタジオが50分から25分に仕様変更

ロゼッタストーンから仕様変更のメールがきていました。スタジオのルールが変更されるようです。
今まで1ユニット1種類で50分だったのを2分割して、1ユニット2種類でそれぞれ25分とするようです。
10月13日までは現行通りで、10月14日以降分を10月4日から予約できるようになります。

この仕様変更は、ユーザーからの意見・リクエストに応え、便利になるようにするためのものとメールには書かれています。
そういうこともあるかもしれませんが、やはり、そのセリフを真に受けることはありません。普通はなにかロゼッタストーン都合の狙いがあると考えます。
ロゼッタストーンのメリットとしては、予約可能なスタジオ数を倍にでき、その分予約を取りやすくできる可能性があります。ただし、ユーザーサイドから見ると、予約の取りやすさと引き換えに一回あたりの受講時間が減少するということですから、一回のサービス量を半減させることになります。予約可能数が現状維持の2つまでであれば特にそういうことだと思います。
ユーザーへのサービス時間を半減させることで、予約の取りやすさを向上させ、コーチコストを縮小できることが狙いではないかと思えます。

他のオンラインサービスでも25分間のものがありますが、ロゼッタストーンはグループレッスンです。25分という短時間の間に最大4人ですから、物足りなくならないかが心配です。

こうはならないと思いますが、ことさら悪い可能性を予想してみると、
・25分という短時間で手軽になった分、今まで数日おきの出席だったのが連日出席に変わる人が増える。
・物足りなくなってかえって出席数が増える。
・スタジオのバリエーションが20種類から40種類に増え、毎日違う内容を受けやすくなって、出席数の増加を招く。
・細分化したことで特定のスタジオに人気が集中し、予約に偏りがでる。

従来はひとつのユニットが終わったところで1回のスタジオという構成でした。今後はユニットの中で前半と後半にレッスンを分けて、前半が終わったところでスタジオ、後半を終えたところでまたスタジオという構成になっています。
ひとつのユニットを終えるのに通常一週間程度かかりますから、ユニットの前半でやったことを忘れないうちにスタジオを受けられるのは良いことかもしれません。
時間が半分になってお手軽になります。本当に予約が取りやすくなれば、気分次第の思いつきで当日にちょっと受けてみるということができるようになるかもしれません。

ロゼッタストーンの狙いがうまくいくかどうかは、実際に10月14日以降の運用状況を見てみないと分かりません。
その後に、良くなったことや、悪くなったことが分かれば、また記事にしたいと思います。

2012年9月24日月曜日

フィリップスとブラウン比較 どちらの電動歯ブラシが良いか

ブラウンの電動歯ブラシを使っていましたが、壊れてしまったようです。
ボタンを押してもうんともすんとも言いません。それどころか、ポルターガイストのように誰も手を触れていないのに突然、動き始めたりします。ボタンを押して止めても、しばらくするとまた勝手に動き始めて、止めても止めてもきりがありません。結局バッテリーを使いきるまで動いていました。

生活必需品ですから、壊れてしまっては新しいのを買うしかありません。さっそくエディオンという家電量販店を見に行くと、ブラウン製の他、フィリップスの電動歯ブラシが目に入りました。二万数千円のハイエンド歯ブラシで、その名はダイヤモンドクリーンと言います。充電器は透明なコップのようなものにラフに置くだけでできます。USB充電もできて、旅行等の外出で活躍することがあるかもしれません。
ソニッケアー ダイヤモンドクリーン HX9333/04
これは音波式と呼ばれるタイプの電動歯ブラシです。フィリップスではソニックケアーと言っています。正直、何が良いのかよく分かりませんが、なんにせよブラシが振動することに変わりありません。それで、どんなに超高速に動いたとしてもブラシが歯に接触できなければ意味がありません。水流が起こって歯垢を除去するような作用がある可能性もありますが、水流程度で流れ落ちれば苦労しません。
もともと現代の技術で作られているこのような形態の歯ブラシでは、歯の隙間や歯周ポケットの清掃には限界があると思っています。どうやっても届かない部分があります。ですから、私は諦めて歯間ブラシとフロスを併用しています。電動歯ブラシは、本当に細かい部分はあきらめるとしても、なるべく多くの場所を磨くために、ヘッドが適度にコンパクトであることが大切です。
フィリップス製のものはヘッドの大きさは極端に大きなものではないのですが、ブラウンで最近出ている歯間ワイパー付きの大きいタイプではなく、以前からある安いタイプのものが私にとって大きさ的には一番でした。

よく考えると、フィリップス製のものは、グラスコップとか、周辺ギミックにコストがかかっているのですが、肝心のブラシ部分は別にたいしたことないのではないかと疑いはじめました。
まだ未使用のブラウン製替えブラシが残っていることもありますし、ここはやはり無難にブラウン製を選ぶことにしました。
ブラウン製もハイエンドのものは、2万円以上します。液晶ディスプレイの表示で歯磨き時間を指導してくれる「歯磨きナビ」という、たいそうなものが付属しています。
オーラルB デンタプライド5000 歯磨きナビ付 D345355X
私はこんなものはいりません。それでワンランク下の安いタイプで、割安感のある「プロフェッショナルケア2000」(D205142N)を買おうと思ったのですが、残念ながら、エディオンでは売り切れていました。
オーラルB スリム&ベーシックモデル D205142N

ふと、横の棚を見ると、ハイエンド歯ブラシと同じようなものが一万数千円であります。ひと世代前のもので在庫処分品のようです。これにも、「歯磨きナビ」をはじめ、いろいろ付属していますが、とりあえず歯ブラシがないという現状を解決するためのベターな選択はこれだろうと思い、こいつを購入しました。

ひと世代前とは言え、ハイエンドな高級機なので、余計なものが色々付属しています。例の歯磨きナビの他、舌を磨くブラシ、ホワイトニング用のブラシ、それに新タイプのブラシである歯間ワイパー付のものが付属していました。他にはブラシを付け替えながら使う家族向けの歯ブラシ置きトレーや、携帯用収納ケースも付属しています。どれもいりません。
でも、せっかく歯磨きナビというのがついているので、試しに一緒に使ってみました。
口の中の歯を右上、右下、左下、左上の4箇所のブロックに分け、それぞれを30秒間ずつ磨くための時間の目安を表示してくれます。歯磨きナビというのはそれだけのことです。秒数と磨くブロックを示すだけです。え~と・・・こんなものは秒針付きの時計があれば済むことだと思うのですが、これにどういう必要性があるのでしょうか?
だいたい1ブロックを30秒では磨ききれません。歯の表、裏、かみ合わせ面の3面を、それぞれ10秒ずつなぞることになるのですが、10秒では本当になぞるだけになってしまいます。
1ブロックに7~8本の歯があるのですから、10秒ではひとつあたり約1秒当てるだけで次々と移動していくことになります。これではサッと表面に当てることだけしかできません。かなり雑な磨き方になってしまいます。
モードを変えると15秒に変更できますが、それでも足りませんし、いちいちモードを設定するのも面倒です。
歯ブラシを傾けたりしながらブラシの角を歯の隙間に当てたり、奥歯の裏までブラシを回りこませようとしたりしていると、時間がなくなってくるので、急いでやらなければなりません。
この歯磨きナビは、しっかり磨かすためではなく、ルーズに磨かせるためのナビのようです。

ブラウンの歯ブラシは丸型で反転駆動します。ブラシの丸い形状は歯を包み込むようにするためのようです。確かに歯にあてて表面を磨くのに適した形状ではあります。しかし、歯磨きで重要なのは表面を磨くことではありません。重視するべきは、つるつるの表面ではない、歯の隙間や歯周ポケット等のやっかいなところです。虫歯や歯周病の原因になるのはそういう難しいところであって、つるつるの表面なんて虫歯になりません。

ブラウンの新タイプのブラシは毛の中に歯間ワイパーというゴムブラシが付いていて、これが歯の隙間を磨くためのものらしいです。他の毛と同じ高さしかないこのようなゴムが、他の毛と同様に作用できることはあっても、隙間にまでリーチして磨き上げる効果を発揮するようには見えません。歯ブラシ側が歯に合わせてくれるという、この手の発想は、うまく機能しないことが多いです。
現状では、手で磨く従来型の歯ブラシを使う時と同様に、電動歯ブラシであっても、自分の腕と手を動かして歯ブラシの当て方をコントロールし、ブラシの届きにくい歯の隙間等には自分でもっていくしかありません。

電動歯ブラシの最大の意義は、細かい歯ブラシの動きを自動でやってくれることです。
あれだけの往復運動を人間の手でしていたら、どれだけ手がだるいことになるか。人間はブラシを前後に微動することから開放され、ブラシを歯にくまなく接触させていくことに集中できます。
手動歯ブラシでも同じ事ができればいいのですが、我々は歯磨きだけをして生きているのではありません。手動歯ブラシでたっぷり時間をかけて磨いていられない現実を解決してくれる電動歯ブラシはとても素晴らしい製品です。手が疲れないので、ブラシを歯の隙間に丁寧に持っていく余裕も生まれます。

歯磨きナビ。不要かと思いましたが、歯磨きしていない時は時計を表示しています。ちょうど洗面に時計がなかったので、まったく役に立たないこともなさそうです。

2012年9月21日金曜日

スピードラーニングとロゼッタストーン 口コミで評判の教材の効果

先日JAFから送られてきた会報誌を見ていると、スピードラーニングという英語教材の広告がありました。
先日の記事でロゼッタストーンの宣伝について、物言いを付けましたが、スピードラーニングの広告もなかなか笑わせてくれます。
絵に描いたような典型的なストーリー展開が書かれています。
スピードラーニングというのは、音声をひたすら聴き続けることで英語学習ができる教材のようなのですが、それを聴き続けていたら、ある日、自然に口から英語が出てくるようになっていたという、いかにもありがちな夢物語が書かれています。

バカバカしい。ありえません!

いやいや、100%ないとまでは言ってはいけません。しかし、そのようなことがあるとすれば非常に限られた条件下でしょう。はじめから英文法が相当に分かっていて、発音もある程度できていて、ほとんど話せる寸前まで英語力があるような状況です。
これは多くの人が期待する学習効果とは程遠いものです。

英語と日本語は言語体系がぜんぜん違います。
単語は、意味が一対一で対応しているわけではありませんし、文法はまったく異なります。口からの音の出し方も日本語とはことごとく違います。
はじめのうちの英会話は、日本語で言葉を思いついて、頭の中で該当する英語に翻訳します。
例えば「これを食べてもいいですか?」を英語で言えばどうなるでしょうか?
直訳すれば
「Is this a good thing to eat?」のような感じです。ぎこちないです。
実際は
「Can I eat this?」の方が自然です。日本語に逆直訳すると
「私はこれを食べることができますか?」
になってしまい、これもちょっと不自然な言い回しになってしまいます。

「これを食べてもいいですか?」を、あなたはすぐに英語にできましたか?
あなたができるか、できないかが論点ではないので、それはどっちでもいいのですが(←なら聞くな)、このような簡単なことだったとしても、はじめは絶対に口から出てこないということを言いたいのです。
はじめは、言いたい気持ちがあっても、「あ~…」とか「え~…」とか言いながら、考えてからでないと言葉がでません。英語でどのように言うか分からないからです。

いちいち日本語を英語に翻訳することなく、はじめから直感的に英語で言えるようになるには、英会話で1回や2回、フレーズを使っただけでは無理です。
実際の生活の中で繰り返し話すことで、自分のものとして定着します。

聞いただけでできるようになる。私なんかはそんな天才ではありません。
「自動車の運転の仕方を見たり聞いただけでできる」「包丁の使い方を見たり聞いただけでできる」
そういうのと似たような、非現実的な話だと思います。
英会話は修練です。壊れたカタコトの英語からはじめて、少しずつ使えるフレーズが増えていきます。いきなりパーフェクトからスタートしません。
自動車の運転もはじめのうちはできませんが、教習所で安全なレベルまで練習し、日常生活で運転をしていくなかで、徐々にうまくなっていきます。包丁もはじめは軽快にトントンと扱えません。でも、いずれ誰でもできるようになります。それは練習するというよりは、実際にやっていく中で自然とうまくなっていくのです。
英会話であっても、実際に喋らないでうまくなるわけがないということは、普通に考えて分かることです。

私はロゼッタストーンという英語の教材を使っています。こちらにはスタジオやワールドで、生身の人間を相手に英会話をしてみることができます。
当然、英会話をしたことがない人間が、英語をまともに話せるはずがありません。ネイティブコーチを相手に現実にそうした予想できる悲劇が起こります。

ちなみに、ロゼッタストーンのネイティブコーチは日本語をまったく話せないので、英会話が成立しなかった時、多少の努力はしてみるものの、最終的にはどうすることもできません。つまり、その会話はスキップして、他の人に移るか、次の課題へ進むしかありません。
たとえそうであっても、現実に自分の口から英語を話す訓練をする機会があることは、圧倒的な効果があると思います。
「How is the weather today?」と聞かれて
はじめは「あわあわあわ…」となり、次は「お~、え~、サ、サニー」、そのうち「イッツ、サニ・・・いやクラウド・・・クラウディー」となっていくのです。失敗を繰り返して上達していきます。何回もがっくりしながら成長していきます。

ロゼッタストーンの宣伝をしたいわけではないので、それは置いとくとしても、実際に会話で使わなければ英会話をできるようにならないという当たり前の話です。
う~ん・・・英語を日常で使う環境にある人であれば、スピードラーニングを聞くことで、いろんなフレーズを知ることができたり、聞いたことがある似たフレーズを再リスニングできて、意味を理解することの反復練習になったりするので、役に立つことがあるのかもしれません。
現実的な話として、本当の意味で英語を話せない人が、話す練習をすることなく、話すことができるようになるというのは、ありえません。

2012年9月13日木曜日

質問サイトや掲示板で見かける痛ましい6つのパターン

インターネットの質問サイトや掲示板で見かける質問投稿の、イタい事項を6つ挙げます。

・「初心者なので、やさしく教えてください。」
インターネットの掲示板や質問サイトで見かける典型的な痛ましいキーワードの代表が「初心者」である。
質問文中に質問者が「初心者」であることの断りを入れるのを多く見かける。
回答しようとする者にとって、この「初心者」という文言は免罪符として使っているように受け取られることがある。質問者にそのような意図はなく、勘違いや、無作法があるかもしれないことの、緩衝として機能することを期待して、むしろ回答者への気遣いのつもりで使うのかもしれない。しかし、あらかじめ不慣れであることを宣言して、いい加減な行動をした時の盾にしようとしていると、回答者側は感じることがある。

それに、初心者というのが、何に対する初心者なのかが分からない。質問している事項について知見が少ないのか、質問という行為自体が不慣れなのか。まあ、どちらにしても質問内容に関係ないことであれば、いらない。

もちろん、初心者であることを付け加える必要性があるのであれば、書くべきだ。
できれば「初心者」という単語ではなく、具体的な表現で伝える方がよいだろう。例えば、以下のようにするのも方法だ。
「はじめてルーターを買いました。」
「XXXというサイトの通りに作業をしています。」
これらは、どの程度の初心者であるかを伝えることになるし、回答者は状況に応じた配慮ができる。

・「何回やってもできません」
数回やってできなければ、状況が変わらない限り、同じ事をもう一度やっても結果は変わらない可能性が高い。
例えばウェブサイトのリンクをクリックして、正常なページが表示されなかったとする。ブラウザの「戻る」機能で戻って、もう一度リンクをクリックしなおしても、やっぱり表示されない。同じ事をあと、2~3回やってもいいと思うが、おそらく状況は変わらないだろう。
そういうときは、いったん手を止めて、他の手を考えるのが賢い。ブラウザを再起動したり、別のブラウザやパソコンを使ったり、時間を変えてみることもできる。
原因を取り除かなければ、何回やっても同じ結果になるのは当たり前で、同じ事を何回もやったことを訴えて癇癪を起こすよりも、何をやってうまく行かなかったのか、やったことを列挙して質問する方が有用だ。

・状況を伝えない。
できないという事実だけで、どのようにできないのか状況が分からない質問を見る。
「XXXが起動しません。教えてください。」
このような、ほとんど情報のない短文だ。
起動しないといっても、どのようになるのかが分からない。メッセージが表示されるのか、起動するがすぐ終了してしまうのか、まったく何も起こらないのか、状況が分かれば原因を考えるヒントになる。

・日本語がおかしい。文章で表現できない。
日本語の助詞の使い方が間違っているため、文章の意味が変わってしまっていたり、受け取り手は、それを解釈するのに一考要することがある。
だが、それなら、書こうとするだけましだ。
状況や、おこなったことを、文章の形で表現する能力を有していないと思われる場合がある。
それは文章が下手とか、語彙が少ないということではなく、文章に書き下すことができないという、純粋な作文能力の問題だろう。
箇条書きでも良いので、情報をたくさん提供することが重要だ。

文章が、ちゃんと書けない人は、私の実感としてけっこう多い。
若い人だけではなく、高齢者にも多い。

・変な略称や英語を使う。
「S/Wをワークさせましたが、N/Wが繋がりません。」
こういう、妙な言い回しや略語を使われることがある。格好をつけず、素直に
「ソフトウェアを動かしましたが、ネットワークに繋がりません。」
と書くほうが、意味がスムーズに通じる。
用語を知らなければ、平易な複数の言葉に置き換えて説明することもできる。
「画面でウィンドウの後ろに並んだ、ゴミ箱や、書類の小さい絵」と言えば、デスクトップアイコンであることが分かるだろう。

・画面の文言を変える
コンピュータソフトウェアやウェブサイト等、IT関連のことで質問する際に一番良い方法は、画面に出ているメッセージを、句読点、スペースを含む、一字一句を変えずに正確に書き写して質問することだ。ウェブサイトであれば、コピー&ペーストすると確実だろう。
引用したメッセージは、文章中の該当部分が転写されたものであることを示すために「」記号で囲むか、前後に改行を入れて一行で書くとより明確になる。

「ユーザー登録をクリックして、できませんと出てきました。」
ではなくて
「「ここからユーザー登録」をクリックすると、「ただいま、受付を中止しています。」と書かれたページが出てきました。」
と書く方が正確に伝わる。

回答者は該当部分を、そのままの言葉で探すことができるようになり、解釈を考える必要がなくなるので、ずいぶん楽になる。


以上、この手の話はまだまだあると思いますが、インターネットで何か質問するような時は、こうしたことも念頭に置くとよいでしょう。

RosettaStone スタジオ音声トラブル インチキ臭い広告

今日は、ロゼッタストーンについて、少々不機嫌な内容です。
先日、スタジオのスケジュール画面が出ないトラブルで記事を書きましたが、まあ、少しくらいの問題なら目をつむります。
あんまり度が過ぎると黙っていられません。

・音声トラブルに遭遇
今までスタジオで、出席者の声が聞こえないトラブルは、しょっちゅう見てきました。5~6回に一回は見ています。
ただ、自分の場合は一度もそのようなことはなく、今日まで平穏無事に過ごしてきました。この手の問題の原因は、たいていユーザー側にあるのがお決まりで、なにかの製品サポートをしたことがあれば分かると思いますが、ユーザーからうまく動かないという問い合わせが来たときというのは、「それはあんたのところの問題だろうが!」と言いたくなることが多いのです。
ですので、ロゼッタストーンで音声トラブルに遭っている人を見ても、ネットワーク速度かなにかのユーザー側環境の問題かもしれないと思っていました。
私のところは大手プロバイダーで光回線を使っているので通信速度は信頼できますし、ノートパソコンではなく、そこそこの性能を持ったパソコンです。環境的には十分ですので、すっかり安心しきっていました。

その日、スタジオに参加すると、いつも通りはじまりました。
しかし、どうも様子がおかしい。コーチに声をかけられて、こちらが返答しきらないのに、そのコーチは無視して次の人に話を移しました。その後、コーチからチャットで音声が聞こえない旨連絡され、サポートに連絡するよう言われました。
しかし、サポートは営業時間外のようです。
ブラウザを一度再起動して、再出席しましたが、結果は変わらず、こちらの音声が相手に聞こえていません。仕方ありません。その日はあきらめることにしました。

結局、原因は不明でしたが、その後は、スタジオに問題なく参加できています。
自ら経験してみると分かります。ヤル気満々でスタジオが始まって、そこではじめて参加できないことが判明するのは、けっこう手痛いです。
ロゼッタストーンに音声トラブルが多いことは分かっているので、冷静に笑っていられますが、トラブルが多いことを知らなかったら、そう簡単に納得いかないかもしれません。
なぜなら、ロゼッタストーンは予約制です。数日前に予約して、それを念頭に生活しています。たった50分間のことですが、そのために、予定を調整しています。スタジオ直前に予習して、さあ、いざ始まったと思ったら、そこではじめて参加できないことが分かる。自分の身に振りかかってみれば、いかにショックかが分かります。私はすでに何十回もスタジオを受けているので、リラックスしていますが、これが初期の頃だったら、がっかり感はもっとインパクトがあることでしょう。

ロゼッタストーンの音声トラブルは、たまにあるということではなく、もう何度も見てきています。これだけ頻繁に見るというのは、さすがにもう、ユーザー側の責任だけとは思えなくなります。
実質的にオンラインサービスを提供できていないとすれば、約束が果たされていません。被害を被った人は泣き寝入りで、ロゼッタストーンはお咎め無し。これを堂々と弁明するのは難しいのではないでしょうか。

・広告のその計算は実際的ではありません。
Amazonにロゼッタストーンストアというコーナーがあります。
そこで、ロゼッタストーンの宣伝広告を見ることができます。
その中にどうも納得出来ない部分を見てしまいました。


他社の英会話サービスを比較したコスト比較です。他社というのは「レアジョブ」のような気がします。それによると

ロゼッタストーン 177円 50分 ネイティブスピーカー
他社 161円 25分 フィリピン人講師

とのことです。
分単価に換算すると、他社が 6.44円/分 で、ロゼッタストーンが 3.54円/分 ですから、ロゼッタストーンが半額近いです。しかも、ロゼッタストーンは定価の79,800円で計算されたものなので、実売価格で計算すればもっと安くなります。加えてネイティブピーカー。これを見ればどう考えてもロゼッタストーンがお得です。

ん?本当にそうでしょうか?
ロゼッタストーンの計算では79,000円を15ヶ月分の日数(450日)で割っています。毎日欠かさず、初日から最後の一日まで出席した日数ということです。実際は毎日同じ内容のスタジオに出席していても飽きてきますから、450日ほとんどに出席するのは現実的とは思えません。
ロゼッタストーンの公式ホームページでは、一週間に一回、日曜日にスタジオに出席するモデルパターンを紹介しています(しかもこれでは12ヶ月で終了するとも書いてありますが)。


それで計算すると、7倍ですから、

1,239円 50分 24.78円/分 ネイティブスピーカー

と、当然、単価は一気に跳ね上がります。
もう少し頑張って、週3回出たとしても、約2.3倍ですから

407円 50分 8.14円/分 ネイティブピーカー

この日のAmazon価格は69,616円でしたので、こちらの金額で計算しなおすと

354円 50分 7.22円/分 ネイティブスピーカー

いずれにしても、もう他社と比較してコスト的な優位性は感じられません。
実際は15ヶ月経過する前に終了するでしょうし、他社はマンツーマンですが、ロゼッタストーンはグループレッスン。一人あたり換算では、これに数倍の係数を付加しなければなりません。
どうも無理のある比較広告にしか思えません。優位性の証明どころか現実的な線で計算しなおせば、かえって割高なことが分かり、墓穴を掘るようなものです。
なんでまた、こんなイカサマのような話で訴えないといけないのか。そんなにもがいて売らないといけないほど、値打ちのない商品でしょうか。
私はロゼッタストーンを使っていますし、有効な商品だと思っています。だけど非現実的な計算については、擁護できません。

ロゼッタストーンは、年中、切れ目ないほどキャンペーンを展開しています。いつでもキャンペーン中で、常にキャンペーン価格。Amazonや楽天では販売価格を、コロコロ上げたり下げたりです。
商売ですから、あの手この手で割安感を出そうとするのは分かります。しかし、実際的でない比較広告で買わせようとすることや、期限付きのキャンペーン価格で心理的に煽るやり方は、目先の売上ばかりを追いかけているように見えます。


ロゼッタストーンは、購入後のオンラインサービスが約束されることを期待して購入します。
先日のスタジオ予約不具合や音声トラブルによるサービス不履行、あやしい広告と不安定な価格設定による短期的な視点での営業姿勢。このような態度は、購入後のオンラインサービスが安定して提供されることを担保するには、信用を得られないでしょう。

半年やってロゼッタストーンは効果あったのか。返品する?

アメリカ英語版のRosetta Stone TOTALeをやり始めておよそ半年が経過しました。コースは半分以上進み、スタジオも50回以上出席しました。それで、少しは効果があったのでしょうか?
私は効果があったと思います。
ロゼッタストーンは、営業方法やシステムの不具合、価格等、不満な点も多々ありますが、ベースは良い教材なのです。パーフェクトとは言いません。足りないことはたくさんあります。だからと言って、学習するものがないわけではありません。
100%ではありませんが、0%でもありません。30%の学習効果があるとすれば、それを、70%足りないと言うか、30%効果があったと言うかの違いです。

価格並みに効果あるかどうかは、その人の語学レベルや使い方、それに金銭の価値観によります。すでにそこそこ話せる人には、あまり意味がないかもしれません。アルファベットも知らず、本当に語学力ゼロからではスタートラインにすら立てないかもしれません。スタジオに頻繁に出席できない人、TOEICや英検等の資格取得を目的としている人も期待した成果は得られないかもしれません。
しかし、中学校の初歩程度の英語を少し覚えていて、英会話を目的とするなら、とても効果があると思います。
私はまだ途中なので、最後まで行った時のことは分かりません。想像での話になりますが、最後まで言ったとしても英語がペラペラにはならないと思っています。ペラペラになるのはロゼッタストーンを卒業し、実際に外国人と話していく中で何年もかけて少しずつなっていくものだからです。
スタートを0、ペラペラを100とすれば、ロゼッタストーンは最初の10まで進めてくれます。ロゼッタストーンはそれが役割で、残りの90はこのレベルの学習教材の出る幕ではありません。実践的な練習で磨いていく場面です。
最初の10と言えど、その段階の人は会話ができないので、実践で練習するようなことはできません。その難しい最初の10をロゼッタストーンで、はじめることができます。

私は外国人と触れ合う環境になく、興味で英語を学習しています。英語を話す人は周囲にいません。でも、もしも英語を話す人が目の前にいたとしたら、どれくらいの会話ができるか考えてみると、日常的な事に関する意志を伝えることはできるレベルではないかと思います。
「昨日、おもしろい映画を見ました。」「これを食べたいですか?」「週末、どこに行きますか?」
日常の他愛ない話や、なにかの簡単な説明が、文法的に違和感があったとしても、意味はどうにか伝わる程度に話せるのではないかと思います。
ただし、本当の外国人の会話はまだまだついていけないと思います。
日本語で言うと、「昨日見た映画、むっちゃおもろいけど、3Dがぶわーとなって、なんか意味わからんかった」のようなカジュアルな言葉遣いを早口でされると、たぶん分からないと思います。これを「昨日、見た映画はおもしろかったです。3Dでしたので、意味が分かりませんでした。」と、簡単な文法、単語で、ゆっくり丁寧に言ってもらえれば分かる感じです。

あなたのレベルが、ロゼッタストーンの想定するレベルに合致すると思われるなら、挑戦してみてください。

2012年9月11日火曜日

なんのために生きているのか。生きる意味

私は、神や幽霊は、存在(実在)しないと考えている。
正確に言うと、神や幽霊の存在を言われても、それを認められるだけの証拠がない。納得のいく「確からしさ」すらない。存在を示すそれらしいものがなければ、現状においては、ないと考えるのが自然だ。それで何も問題ないし、それ以上追求する必要もない。

ところで、もし、あなたの目の前に幽霊が現れたとしたら、あなたはどうするだろうか?
テレビや映画でありそうなシーンのように、悲鳴をあげて怯えるだろうか?
子どもや女性はどうか知らないが、ある程度の大人の男性であれば、そういう反応とは少々違うのではないだろうか。
大人の男性は、なにも怖いものがないとまでは言わないが、暗闇程度でそれほど恐れるものでもない。

暗い山中で、半透明の人影が、あり得ないところに浮かんでいたとしたら、あなたはどうするだろうか?

私が思うに、まず、最初はそれがどういうものかをじっと観察するだろう。
それが幽霊らしきものだと思ったら、あなたの口から出るのは
「ギャ~~~~~~!!!」
ではなく、たとえば
「え~と・・・、すみません。これはどういうことですか?」
ではないだろうか。
幽霊が目の前に出たからといって、大人の男性がすぐに大声で悲鳴を上げるとは限らない。
はじめはなにかの冗談とすら思うかもしれない。

次に、注意深い人なら、確認できるポイントがたくさんある。
相手がこちらを視認できているのか。会話ができるか。まばたきはするか。服は来ているか。服や髪は風でなびいているか(空気との物理的接触が確認できるか)。3次元的に見えるのか。陰影はどちら方向についていて、光源はどこにあるのか(陰があれば光との物理的接触が認められる。自ら発光していれば、他の物を照らしているか)。
カメラを持っていれば、是非撮影したい。
本物だとしたら世紀の大発見だ。何事もなく帰ることができたなら、次はじっくり準備をしてから再訪して、存在を確かめたい。

しかし、残念ながら、そんなうまい儲け話はない。幽霊は存在しない。
私は、なにかの邪魔をしたいのでも、批判しているのでもない。幽霊や神は私にとって、感覚的にはサンタクロースと変わりないのだ。別に積極的に否定する必要はない。
言えることは、現状において、存在すると予想できるだけの事実に乏しく、存在しないと考えるのが自然だということだ。

突然、話は変わるが、最近、生きることに意味があるのか、ということに疑問を持つようになった。
そんなことを考えるのは、毎日が淡々と過ぎていくような日々を送っているからだろう。とりあえず何不自由なく生活しているものの、大きな夢もなく、むしろ現実に絶望感すら持っているからだ。
それで、「あ~あ、なんのために生きているのやら」というセリフが出てくる。

今更ながら、その答えが分かった。ようやく気がついた。
答えは「生きることに意味はない」だ。

地球上には、人間の他にも様々な生物が生きている。人間に一番近いのは猿。それから、犬、猫、鳥、魚、トカゲ、虫、微生物、植物・・・大量の生物が生きている。
地面を歩いているアリを見て、いちいち生きている意味を感じない。踏んづけて殺しても、世界を変える大事とは思わない。
私が死んでも、世の中なにも変わらない。世界中の大部分の人は私が死んだことを知ることもない。いなくなれば世界的に知れ渡るような存在、総理大臣や合衆国大統領でも、いなくなったらなったなりに世界は動いていく。世の中すべての人にいくらでも代わりはいる。
人間だけは他の生物と違うなにかがあるだろうか。私はそんな都合のいいことを思わない。単に猿を進化させたもので、人間も他の動物と大差ない。いや、人間が何か特別な存在だとしても、その人間ですら、毎日のように生まれ、死んでいく。他人が生まれて死んでいくことに、ひとつひとつ意味を考えていられない。
人が生きることに特別な意味はないのだろう。生きる意味があるとすれば、食物連鎖の一部になっている程度の理由で、期待したようなものではない。

そもそも、生きることに意味がなければならないなんていう決まりはない。
生きることに何か意味を求めるのは、神や幽霊と同じことなのだ。
人間はただ生物学的に誕生したものに過ぎない。死ねば土に帰り、分解され、他の物に生まれ変わる。
残念ながら、私やあなたがここに生きていることに意味はない。ないものを信じている。信じたいのかもしれないが、神や幽霊と同じように現実を冷静に見てみると良い。宗教的に信じるのは構わないが、物質的には特別な事象はない。

生きることに意味がないとすれば、意味のないことを続けるより死んだらいいのだろうか。
別に死ななくてもよいと思う。生物には生存欲があるし、死ぬのは楽ではない。死ねば悲しむ人がいるかもしれない。
心配しなくても、いずれは死ぬ。
ただ、正しいことをし、やりたいことをやって、生きていけばそれでいいのではないかと思う。

中川淳一郎氏の「ウェブはバカと暇人のもの」を読んだ書評というか感想

「ウェブはバカと暇人のもの」なんて本を見つけた。結構有名な本のようだが、こんなことを言っている本があるとは知らなかった。
著者の中川淳一郎氏に興味をもったので、「今ウェブは退化中ですが、何か? クリック無間地獄に落ちた人々」という本も読んでみた。

これら書籍の内容には、感情的な表現も多々見られるが、ほぼ共感できるし、意味は理解できる。
どのような内容かは、検索すればいろんなサイトが出てくるので、あまり書かないが、インターネットを全面的に肯定するものではなく、あえて否定的な見方でも書いたものだ。
特にウェブサービスの提供サイドに立った経験をしたことがある人ならば、よく分かる内容だと思う。
このような視点で見ている人がちゃんと実在することを明確に知ったことは、私にとって救われたような気持ちだ。
この著者はけっこう強気に書いていて、あまり弱音を吐かないだろうが、私は正直言って、インターネットのユーザーには失望した。ウンザリきている。現在は、それを通り越して、割り切るようにしているだけだ。
割り切るというのはインターネットユーザーのことをどうせバカ…というと言葉は悪いのだが、期待できない存在だと疑ってかかっていることだ。あきらめながらインターネットユーザーに接するというのは、本当は楽しくない。悲しい気分だ。だが、仕方がない。

この書籍は、インターネットのことを批判的ともとれる内容で書かれている。その舞台となるインターネット上で見られる感想では当然反感を買われることになる。
たとえば、「自分がウェブで金をもらう立場のくせに、そのウェブを批判している」という失笑のようなものがある。
著者は、自分がインターネットの中に身を置いているからこそ、あえて自分のフィールドを批判しているのだ。自分のことを良いと言っていては手前味噌になってしまう。
そのような、断るまでもなく分かっていることですら、指摘されてしまうということに痛々しさを感じてしまう。
インターネットの中にいる著者が、インターネットを厳しい目で見ているのは、インターネットの中にいる人だからこそ。そういう理念なのはあらためて書き表すまでもなく分かりきっている。それにもかかわらず、「おまえはインターネットから稼いでいるだろうが!」というピントはずれな指摘には、涙が出そうだ。
そんなことだから、続編的な存在の「今ウェブは退化中ですが・・・」という本では、「いや、だからインターネットの中にいるからこそインターネットの汚点を書いてんのでしょ」みたいなことを長々と説明したり、いちいち反論を想定して断りを入れるのはもう嫌だ、と釘を刺さなければならなくなっている。
思慮深さどころか、ほんの少しの想像すらできない。薄い表面しか見えない。リンゴの皮が赤だから、中まで赤色だと思っているように。
もっとも、そのようなことをいう人は、自分の非は認めてはいけないというような価値観なのかもしれないし、そもそも本質的なことへの意見ではないので、なんでもよいのだが、想像を絶する無思慮ということだけだ。

最近、日本周辺の一部の島をめぐって領土問題が起こっている。それに例えて言うなら、とにかく日本の領土だと主張するだけで、根拠を聞いても話がまったく通じないような人達。根拠は自分サイドのメリットのみで、洞察がない。
領土問題について主張する人の中で、問題になっている領土が、相手国の主張を理解した上で、国際法や歴史的に見て、日本の領土であると論じることができる人がどれくらいいるだろうか。私はできない。私が不勉強なだけならいいが、本当のところ、学者か、よほど勉強している人でなければ、しっかりとした根拠をもって日本の領土だと主張できる人はなかなかいないのではないだろうか。それは日本側の立場でなく、相手国の国民もそうだろう。
知らないのに主張しているとしても、こう言うならまだいい。「領土が自国のものであれば、都合がいい。正直言って、難しいことは分からんが、自国にとって有利な方を主張するだけだ」。そう開き直っているのなら、ある意味問題ない。いや問題ないことはないとしても理解できんでもない。そうではなく、自分の熟考で正当性を確信しているのでもないのに、まるで正当であることを知っているかのように真顔で主張されるから、頭が痛い。

こういう人達とは、どうやっても会話が成立しない。論理的に話ができない。自分都合だけの意見でしかない。なにを言っても無駄でイライラする。できることは、なるべく早く気づいて相手にしないことだけだ。

変な人はインターネットの一部だけで、大多数はまともな人達だと思われるかもしれない。
インターネットに限らず、世の中のほとんどの人は、いちおう善人だ。インターネットにいる人達も同じだろうと思う。どこにでもいる普通の人だ。だが、実は、その普通の人こそが、あまり賢くない張本人だと思う。

日本人の全員が大学を卒業しているわけではない。どちらかと言えば大卒は少数派だ。そういう私自身も大学を出ていない。私は、学歴と頭の良さが一致するとは思っていないし、頭の良さと人間性は別だと思っている。しかし、世の中の人が知的な人ばかりではないということを示唆することのひとつだと思う。社会で働く人達も知的労働者ばかりでなく、高度な知能を必要としていない職業も多い。
感覚的、感情的な判断で生きている人ばかりで、日常的に逐一頭を働かせる人は多くない。

インターネットを利用している人の目的は、調べ物をしたり、コンテンツを楽しむことで、ほとんどの人は見るだけ。投稿や発言はしない。古い言葉だが、ROMと呼ばれる人達が大多数だ。このブログでも、今日現在、アクセス数は3万近くあるが、コメントは一件もない。通常、インターネットで発言する人の影には、数百倍、数千倍の見ているだけの人が隠れている。
だから、インターネットで発言するわずかな人の言うことをとって、すべての人の意見とは言えない。一部のおかしなことを言う人を見て、インターネット全体が変人ばかりだと決め付けることはできない。
それはある程度正しいと思うのだが、私はそうでもないとも思っている。インターネット上の発言を見て、「こいつら自分都合の浅はかなことばっかり言ってんなあ」と思いながら冷静に見ている人も中にはいるだろうが、実は、浅い発言と同じような考え方の人もかなり多いのではないかと感じている。
その理由は、アクセス解析だ。自分のサイトのアクセス解析を見れば、たとえ発言しない人達でも、どんな考えを持っているかを伺い知ることができる。
どのページをどれくらいの時間見ているか。どのリンクをクリックしてページを遷移しているか。どういうキーワードで検索してやってきたか等、アクセス解析に表れる。訪問者はなにかを投稿しているつもりはないし、誰にも見られていないと思っているだけに、とても正直な動きをする。アクセス解析の記録は嘘をつかない。
日々、アクセス解析の内容を見るにつけ、変な人は必ずしも一部の人達だけでないことが分かってしまう。

考えてみれば、賢い人が少ないのは当たり前。
もしも、あなたがそれなりに学がある人だとすると、あなたは稀な人だ。
人の知的階層を図示したとすれば、ピラミッド型になるだろう。頭の良い人ほど頂点に近く、人数は少なくなっていく。ピラミッドの底辺に近づくほど人数が飛躍的に増加する。世の中のほとんどの人は、それほど高い知能を持っていないのが現実だ。頭の良くない人が多いのは当前で、頂点に近い人から見れば、あまりにも程度が低い人が多く見えてしまう。
インターネットでは、そういう普通の人の浅い考えによる思いつきがフィルタされることなく出てしまう。その結果、粗雑な発言ばかりで埋め尽くされてしまう。

今回取り上げた書籍の著者も、本心はインターネットを残念に思っていて、悪く言いたいわけではないのだろう。
インターネットの汚点を言って、喜んでいるのではなく、悲しんでいるのだ。
しかし、今のところ、どうにもならない。だから、インターネットとは上手に接した方がいいと言っている。

あきらめるしかない。冷めた考え方で対処するしかない。悲しいが今の私に近い気がする。

2012年9月9日日曜日

初めてのコンタクトレンズの処方箋を求めて眼科へ 装着練習

片方の目がぼやけて見えていて、少し前から眼鏡をかけ始めたのですが、使い始めると眼鏡というのはなかなかに邪魔なことが分かります。
ファッション目的で眼鏡をかけるのと違い、眼鏡をかけざるを得ないというところが困ります。人というのは、やらされるとやりたくなくなるものです。
眼鏡をかけていることを忘れてちょっと目もとを触ろうとして、指がレンズに触れてしまうことがあります。一度触ってしまうと指紋を拭かなければなりません。
寝転がったときは耳にかかるツルが邪魔になります。当然、眼鏡をかけたまま寝ることはできません。
レンズにゴミがつくので、毎日拭かなければなりません。面倒くさいです。
フレームは視界を狭くします。
スポーツで使うときは、眼鏡がずれやすく、汗で汚れます。視界が狭くなるのもスポーツでは不利だったり、危険だったりします。
度の入ったレンズというのは、眼球とレンズの間に数ミリから数センチの距離があることで、物が小さく見えるようになります。それで距離感が変わってしまいます。スーパーで買物をするとき、棚の物をつかむつもりが何もない空中をつかんだことがあります。
自動車の運転は、見え方が変わると車間感覚が狂うので、狭いところでの運転が不安になります。眼鏡をかけないときの視界のボケよりも、距離感が変わることの方が危険に思えます。

そのような眼鏡の欠点に気づくと、コンタクトレンズを使ったらいいんではないだろうかと考えるようになりました。
コンタクトレンズなら、視界が広いですし、ものが小さく見えるようになりません。目の周りに器具がないので、今までどおり顔に触れることや、寝転がることができます。
コンタクトレンズと言えば、容姿を考えて使う人が多いように思っていましたが、機能性という意味でも眼鏡に勝る便利な面があります。

もちろん、コンタクトレンズのリスクや欠点にも留意しなければなりません。
眼球に直接触れるものですから、知らず知らずのうちに目を傷つけてしまうことがあります。そのため医師による定期的な検査がかかせません。
装着や脱着は手を清潔にしたり、鏡が必要になったりします。長時間の装着はできません。特にたまにしか使わない人は、最大でも4~6時間程度の短い時間しか装着できません。
それにコンタクトレンズでは脱着の手間がかかるので、どのみち眼鏡は必要です。

先日、コンタクトレンズの処方箋をもらうために眼科へ行きました。
まず最初、コンタクトレンズをはめる前に医師の目で眼球を検査します。
問題ないと判断されると、視力を測定した後、コンタクトレンズの度数を決めます。
決定した度数のコンタクトレンズが看護婦さんの手で入れられます。
その後、コンタクトレンズの種類や注意事項、リスクについて念入りに説明され、コンタクトレンズを装着した状態で、もう一度医師のチェックを受けます。
最後に、コンタクトレンズを付けたり外したり、着脱練習をします。

私は毎日使わないので、1日使い捨てタイプのコンタクトレンズを選びました。


コンタクトレンズは小さなパッケージに一個ずつ入っています。
パッケージを開けて、液体に浸かったコンタクトレンズをすくい取ります。透明の液体に透明のコンタクトレンズが入っているので、あまり見えません。指を入れてすくい取ると、取り出すことができます。
人差し指の上に置いて、裏表を確認します。とても柔らかい素材なので裏返しになっていることがあります。裏返っているのは、コンタクトレンズの縁が反り返ったように見えることで分かります。
ソフトタイプのコンタクトレンズは指でつまみ持つことができないほど、極薄でふにゃふにゃです。指の腹に乗せている時は、なんとかお椀状の形状を保っていますが、ちょっとしたことでぺしゃんこに潰れます。潰れたら、液体に浸して、ほぐすことで形状を戻します。そのため、パッケージの液体は開封後も捨ててはいけません。
着脱には、両手を使います。
目の中が見えるように、鏡に20~30cmくらいまで顔を近づけ、両方の手でまぶたの上下をひっぱり押さえることで目を閉じられないようにしながら、片方の人差し指の上に乗ったコンタクトレンズを眼球の上に当てます。眼球に吸い付くように馴染めば、自然に装着できます。
取り出すときは、装着時と同じように両手で目を開いておいて、片方の手の人差し指と親指でつまみ取ります。
濡れた状態のコンタクトレンズは眼球の黒目の上に置くと、1~2秒でジワッと眼球に馴染んで張り付きます。もたもたしてコンタクトレンズが乾いてくると、眼球に付きません。その時はパッケージの液体に浸して濡らしなおします。
眼球にコンタクトレンズを置くというのは、指の上に乗ったコンタクトレンズを眼球に触れさせるということです。初めてであれば、眼球に触れるということ自体が怖いので、ついつい瞬きをしてしまいます。眼球の寸前にコンタクトレンズがある状況で瞬きをすれば、まぶたでコンタクトレンズをはさみ潰してしまいます(つぶれたら液体に浸してほぐし戻します)。そのため目をつむらないように上下のまぶたを両手の指でしっかり押さえておくことが重要になります。その方法は、左手の中指で上まぶたを押さえ、右手の中指で下まぶたを押さえます。
外すときは、黒目の上に乗ったコンタクトレンズを親指と人差し指でつまみとります。これは指で眼球に直接触れることとほとんど変わりません。目についたコンタクトレンズを触ることなく何かの衝撃で弾き飛ばすようなものではありません。直接指で触れて取り出します。

何度か付けたり外したりして、練習します。
練習中は看護婦さんが横についていました。
この看護婦さんは見た目はそんなに悪くないのですが、笑わないし、セリフは敬語の棒読みで、まったくフレンドリーでなくて、なんか冷たい感じなのが、ちょっとあれでしたが、まあ、見た目が悪くない分いろんな患者さんがいるだろうし、ルーチンワーク化してしまっているのでしょう、きっと。

コンタクトレンズの装着と取り外しができるようになったら、ようやく許可がおります。
そのまま、そこでコンタクトレンズのセットを購入しました。30個入で約3000円しました。私は片目だけなので30回分ですが、両目の人は15回分ということになります。

装着感ですが、意識すると異物感を感じます。異物感というのは眼球では感じていないと思います。眼球とまぶたの間にあることで、瞬きした際にまぶたの縁が眼球上にあるコンタクトレンズの厚さ分の段差を感じるのではないかと思います。コンタクトレンズの厚さといっても極薄ですが、まぶたの感覚が敏感なので、コンタクトレンズの存在を感じてしまうのだと思います。
それでもうまく入ったときは、コンタクトレンズの存在をまったく感じません。このうまく入った時というのはどういう時か分からないのですが、あまり何度も失敗せずスムーズに入った時のような気がします。この状態では自分でもコンタクトレンズが入っていることが分かりません。鏡を見てコンタクトレンズを目視することで、存在を確認できます。

コンタクトレンズは視界が広く、邪魔なフレームはなく、見え方も自然です。
そんな素晴らしいコンタクトレンズですが、リスクや使い方に注意を要するので油断は禁物です。
しかし、眼鏡では不便な状況ではとても有用に使えることが分かりました。

2012年9月5日水曜日

だれでも分かるAJAXとJSONPの仕組みと解説

ウェブブラウザのアドレス欄にウェブページのURLを入力すると、該当ファイルがダウンロードされる。さらにHTML中に記述された画像等のファイルがあれば、すべてダウンロードされる。すべてダウンロードすると、ページの読み込みが完了となる。これが普通のウェブページの動作だ。
完全にダウンロードしてページを表示してしまった後に、ページ中の何かをクリックする等のイベントで、サーバーから別の情報をダウンロードしてきて、ページの表示へ反映させるには、非同期通信を使う。
非同期通信はJAVA Scriptを使うことで可能になる。現在のインタラクティブなウェブサイトにおいては常識的な技術のひとつと言えるだろう。
単にクリックで情報を切り替えて表示するだけの、例えばタブ切り替え機能であれば、サーバーから非同期で情報を取得せずとも、最初にHTMLページをロードしたときに、すべてのタブページの情報を含んだHTMLページを取得しておいて、イベントの発生時に表示内容を切り替えるようにすればよいことだ。だが、タブボタンをクリックしたタイミングで、はじめてサーバーから取得するには、非同期通信を使う。
タブ切り替えのような、些細な機能であれば、非同期通信を使って遠回りなことをしなくてもいいことが多いのだが、もう少し高度なことをしはじめると、やはり非同期通信が必要になってくる。

非同期通信は、任意のタイミングでウェブブラウザからサーバーへリクエストを投げて、サーバーからレスポンスを返す仕組みが必要になる。これにはPHP、CGI+Perl、Ruby等に代表されるサーバーサイドプログラミングが求められる。
先ほどのタブページの例で言えば、ウェブブラウザが何番のページの情報が欲しいというリクエストをサーバーへ送信し、サーバーが該当するページの情報をデータベースやファイルから取得して、ウェブブラウザへ返すようなイメージとなる。

ウェブブラウザ側の非同期通信は、AJAXとJSONPという二つの方法がある。どちらもJAVA Scriptで実現される。

・AJAXとは
AJAXは、XMLHttpRequest()関数やActiveXObject()関数を用いて、サーバーと通信する方法である。その実はただのHTTP通信にすぎない。サーバー側ファイルへGETまたはPOSTのリクエストとして、通信が行われる。ちなみに、ソケット通信をするわけではない。
リクエスト時のパラメータはURLパラメータの形式で行う。具体的には「para1=abc&para2=def」のようにだ。これであれば、サーバー側のプログラムはGETやPOSTとして普通にパラメータを受け取れる。サーバー側は受け取った情報に基づいて、通常のHTTP出力と同様にレスポンステキストを作成して返す。
ウェブブラウザは受け取ったレスポンステキストをXML形式とみなして処理することもできるし、テキストとみなして処理することもできる。
XMLというのはタグでくくるデータのフォーマットだが、そのパース(解析)はウェブブラウザに用意されたJAVA Scriptの関数を利用するだけでできる。

var value = xhr.responseXML.getElementsByTagName("response")[0].firstChild.nodeValue;

このようにするとXMLの中からresponseという名称のタグのひとつの値を取得できる。
だが、見ての通りたったひとつの値を取り出すだけなのに長ったらしい。XMLは階層構造と配列を持つので、複雑な記述になるのだと思われる。
コードの記述を短くするために、テンポラリ変数に移し替えながら使うこともできるが、そのようにしなければならないこと自体がまどろっこしい。
XMLは以下のようなタグでくくられる形式だ。

<DATA1>abc</DATA1>
<DATA2>123</DATA2>

タグなので、ひとつのデータごとに、前後に同じタグ名を書く。たとえば<DATA1>と書いて、終端に</DATA1>と記述するが、同じようなことを2つ書くので冗長だ。abcという3バイトをレスポンスするために、前後のタグ名に16バイト費やす。これひとつのことであれば、問題ないが、数千個の配列で同じ事だとすると、転送量はユーザーの体感にも影響がでかねない。
同じタグ名を前後に書くから不経済なのは分かっている。終端は終わりであることが分かればよいのだから、単なる記号一つにでも置き換えれば、かなり削減できるのだが、そうなっていないものは仕方ない。
また、タグと同じ文字列をデータ中に含めることはできない。

<DATA1>ab</DATA1>c</DATA1>

"ab</DATA1>c" という文字列をDATA1としているつもりであるが、うまくいかない。不等号記号等をエスケープして回避する必要がある。

もうそれなら、レスポンスにXMLを使うのはあきらめて、もうひとつのテキスト形式を選ぶのはよい方法だ。テキストは、文字通りただのテキストなので、そのままウェブブラウザに表示するような用途にも使えるし、CSV等の独自フォーマットでレスポンスを受け取ることに使うこともできる。だが、実際はテキストがJSONと呼ばれる形式になっているとみなして取り扱われることが少なくない。

・JSON形式とは
JAVA Scriptで配列変数を初期化するには、以下のように記述する。

var a1 = [123, 'ABC', 3.14];

純粋なJAVA Scriptのコードである。これで、a1[1]には文字列"ABC"が設定される。
連想配列の書き方は、以下のようになる。

var a2 = {'name':'Taro', 'age':13, 'address':'Hokkaido'};

a2['age']またはa2.ageには13という値がセットされている。
JAVA Scriptで、[]は配列、{}は連想配列のことだ。
配列と連想配列を組み合わせたり、階層構造も記述できる。

var a3 = {'name':'Taro', 'age':13, 'address':['Hokkaido', 'Sapporoshi', 'Kitaku']};

a3['address'][2]には"Kitaku"が入っている。

JAVA Scriptにはeval()という関数がある。引数に文字列を指定すると、それを式として評価した結果を返す。

var a = eval("3+4");

これは変数aに7が入る。
これを応用すると

var a1 = eval("[123, 'ABC', 3.14]");

のように書ける。文字列"[123, 'ABC', 3.14]"が式として評価され、変数a1へ代入される。この文字列は配列の初期化式であるから、a1は配列で初期化される。
このような配列のフォーマットをした文字列をJSON形式と呼ぶ。

このJSON形式をAJAXのレスポンスとして活用できる。
XMLでレスポンスするのと比較して、バイト数は圧倒的に少なくなる。エスケープするのも'または"だけで良い。
なにより受け取ったウェブブラウザ側はeval()関数でもとに戻すだけで、後は普通の配列変数としてレスポンスデータにアクセスできる。

・JSONPとは
非同期通信については、以上AJAXとJSONを使えば実現できるが、ひとつだけどうしてもできないことがある。
HTMLをダウンロードしたドメイン以外にはAJAX通信できないということだ。
http://aaa.com/1.htmlのJAVA Scriptからは、http://bbb.com/2.phpにAJAX通信できない。これはクロスサイトスクリプティングというセキュリティ上の制約に引っかかるからだ。この制約を回避する方法としてJSONPがある。JSONにP(Padding)をつけてJSONPである。
セキュリティと言えば、何か脆弱性があるのではないかと気になるかもしれないが、分かって使う分には問題ない。

AJAXによる他サイトへのアクセスはできないわけだが、他の代替方法として、例えば<IMG>タグであればできる。

<IMG SRC="http://bbb.com/image.jpeg">

これは普通に可能だ。画像ファイルimage.jpegを他サイトbbb.comからダウンロードして表示できる。
となれば、

<IMG SRC="http://bbb.com/s.php?p1=abc&p2=def">

とも書けるので、他サイトへリクエストパラメータを送信できる。
<IMG>タグをJAVA Script内で動的に生成すれば、他サイトから画像をロードするふりをして、任意のタイミングで他サイトにパラメータ送信することが可能になる。
しかし、リクエストを送信できてもレスポンスを受け取ることはできない。
ならば、<SCRIPT>タグを使う。

<SCRIPT SRC="http://bbb.com/s.php?p1=abc&p2=def"></SCRIPT>

これは<IMG>タグと同じアイディアで、パラメータを送信している。
<SCRIPT>タグは元来、外部JAVA Scriptを読み込むためのものである。C言語でいうところのinclude文に相当する。通常は<HEAD>タグの中に記述し、HTMLファイルがダウンロードされたとき、最初に一回実行されるものだ。そのためダウンロードされたHTML中にあるJAVA Script内から動的に<SCRIPT>タグを生成することができない。
しかし、インラインフレームは動的に生成できる。インラインフレームを動的に作り、その中に動的にドキュメントを書き込むことは可能だ。そのドキュメントに<SCRIPT>タグとソースファイルが記述されていたなら、ウェブブラウザはインラインフレーム内のドキュメントを表示するために、<SCRIPT>タグに書かれたソースファイルをダウンんロードする。インラインフレームは動的に任意のタイミングで生成できるので、<SCRIPT>タグでも、任意のタイミングで通信させることができることになる。その際にインラインフレームを非表示で行えば、ユーザーから一部始終も見えない。

以下のような文字列をインラインフレームにドキュメントとして流し込めば、

<SCRIPT SRC="http://bbb.com/s.php?p1=abc&p2=def"></SCRIPT>

サーバーのs.phpにはGETリクエストが送信され、パラメータとしてp1=abcとp2=defが渡される。受け取ったs.phpはそのパラメータを処理し、ウェブブラウザにレスポンスをテキストとして送信する。
ウェブブラウザはレスポンステキストがJAVA Scriptだと思っている。<SCRIPT>タグのSRCに書かれたファイルだからだ。
ウェブブラウザはそのテキストをJAVA Scriptとして実行しようとする。
それが以下のようなテキストだとすると、

callback("{'name':'Taro', 'age',:13}");

これはcallback()という関数を"{'name':'Taro', 'age',:13}"という文字列を引数にして呼び出していることになる。
以下のように、インラインフレームに流しこむドキュメントにcallback()関数を用意しておけば、それがコールされることになるだろう。

<SCRIPT SRC="http://bbb.com/s.php?p1=abc&p2=def"></SCRIPT>
<SCRIPT>
 function callback(x)
 {
 }
</SCRIPT>

あとは、この関数が受け取った引数を親フレームに渡せば、最終的に親フレーム側でレスポンスを受け取れたことになる。
このように<SCRIPT>タグを応用(悪用?駆使?)することで、パラメータの送信と、レスポンスの受信が実現可能だ。

・JSONPはクロスサイトスクリプティングも可能なので、それができないAJAXは必要ない?
JSONPでできるクロスサイトスクリプティングをAJAXはできない。大は小を兼ねるということで、できる方のJSONPを使っておけばいいのだろうか。
まず、JSONPはGETのみ可能で、POSTでリクエストできない。それなら、GETしか使わないという手もある。
それでも、私はJSONPより、できればAJAXの方がいいのではないかと思う。
その理由は、ご覧の通りJSONPは、やり方が少々強引だ。動的にインラインフレームを生成し、ウェブブラウザにJAVA Scriptを実行させているものだと誤解させている。特に二回、同じリクエストをすると、ウェブブラウザはキャッシュを使おうとすることがある。ウェブブラウザはJAVA Scriptだと思っているので、ロードされるスクリプトがそうそう改変されると思っていないからだ。リクエストに時刻や乱数等のダミーパラメータを付加することで、ファイル名が毎回変わるようにして、キャッシュさせないようにすることはできる。
しかし、私はJSONPの仕組みが泥臭い感じがして、できれば避けたい気持ちがある。実感としてもJSONPはまれにうまく動かないことを経験している。これは再現性に確証があるわけではないし、ウェブブラウザによって安定性が異なる可能性がある。実は私のプログラムの問題だったのかもしれない。だから断言できないが、私はJSONPを100%信用していない。

Yahoo!やGoogleに、JSONPで情報を取得できるサービスがある。そのようなものを使うときにJSONPを使うのはよい方法だが、通常はAJAXを使うのが良いのではないかと思っている。
AJAX+JSONがベスト。別ドメインにアクセスするときにJSONPを使うとよいだろう。

新入社員や未経験者のプログラミング言語の習得方法

コンピュータソフトウェアを作成するには、通常、プログラミングという作業を行う。コンピュータソフトウェアの開発には設計やテスト等もあるのだが、実際にプログラムを作る工程はプログラミングと呼ばれる。
プログラミングとはプログラムを書くことであり、そのプログラムには様々な種類がある。例えば、C++やJAVA、PHP等と呼ばれる。
プログラミングは、そうしたプログラミング言語を使える人が行うのだが、その習得方法について、勘違いをしている人がいるようだ。

昔、マトリックスという映画があった。近未来を描いたSF映画だ。
その中で、何度か登場したシーンなのだが、これはSFだなあと思えるものがある。
頭にヘッドギアのようなものをつけて、CD-ROMをセットし、スイッチポンすると、あっという間に特殊スキルが身につくのだ。
これを使うと、カンフーとかヘリコプターの操縦方法を数秒で習得できる。パソコンソフトのように、いろんな種類のスキルを収録したCD-ROMが存在する設定で、それを次々と脳にインプットしていけば、どんどんスキルが身につく。
現実は、格闘技であれば筋力トレーニングが必要であるし、スキルは経験をもとに身につくものなので、脳に何か入れて済むものではないが、映画の世界なのでなんでもありだ。

しかし、これと似たような期待をする人が現実にもいる。
資格試験もそのような性格のものの一種だ。資格試験に合格しているからといって、想定されるスキルがあるかどうかは分からない。その可能性を当然のものとして意識しておかないと、資格試験の合格者を誤って見てしまうことがある。資格試験を完全に意味のないものととらえることもないが、能力判定には限界があることは理解しておかなければならない。

プログラミング言語の習得についても、同じような勘違いをしている場合がある。
特定の手順。具体的に言うと講習を受けたり勉強をすればプログラミング能力が身につくと考える人がいる。
ある会社では、勉強会のようなものを開催して、プログラミング能力がほとんどない人にプログラミングを習得させようとしていたりしていた。私はこれは効果的な方法に思えない。
なぜなら、プログラミングは修練だからだ。別の言い方をすれば筋力トレーニングなのだ。
実際に繰り返しプログラミングを経験することで技能は定着する。失敗や間違いを繰り返して成長し、その人なりのプログラミングスタイルが確立していく。

プログラムを書いた後、コンパイルとかビルドという処理を通す必要のあるプログラミング言語があるのだが、プログラムを少し書いた後、コンパイルを行うと、コンパイラから必ずエラーとしてプログラムの記述間違いが指摘される。プログラムの記述を間違えさえしなければ、何もエラーにならないのだが、人間というものは絶対に間違いを犯すので、99.999%エラーを吐く。さらにコンパイルやビルドの処理を終えても、いざ実行してみれば、一度目は、まず思った結果にならない。何度もトライアンドエラーして、徐々にまともに動くようになる。
プログラミング作業は理屈や計算通りにいかないのだ。間違えずに書けばコンパイルエラーにならない。だけど、実際は間違える。なら、間違えずに書けと言っても、現実は絶対に間違えるのだ。間違えずに書けば、エラーはでないはずだし、書いた本人もわざと間違えては書かない。だが、現実はほぼ確実に間違えて書いている箇所がある。コンパイルエラーにならないように間違えずに書けというのは現実には無理難題だ。理想通りにはならない。そのような現実はコンパイルエラーのことだけに限らない。

プログラムを100人に書かせると、よっぼど単純なプログラムを厳密な規約で書かせないかぎりは、100通りのプログラムが作成される。
決まったやり方なんてものはなく、同じ事をあらゆる方法で記述できる。
プログラムのベターな記述方法についての議論はあるだろうが、そんなことにこだわっていてはいつまで経って製品はできあがらない。プログラムの記載方法に関する機微にいつまでもこだわっている必要はなく、よほど冗長とかということでもなければ、常識的に支障がないのであれば問題ないのだ。
コンピュータープログラミングは工業製品のように同じものを量産するものではない。創造的な作業だ。だから、定型的なプロセスで能力が身につけられるという、わかりやすい話ではない。

プログラミングの講習を行っても、すべての事を網羅することはできない。
ファイルの取り扱い方法やネットワーク、オブジェクト指向プログラミングの基礎的なことを学習することはできるが、今後必要になるだろう、あらゆるすべてのことを網羅することは不可能だ。それに使いもしないものは忘れるに決まっている。必要としていない暗号のようなものを丸暗記ではそれほど詰め込めない。
知らないことは、必要になったときに書籍やインターネットで調べたり、ソースコードを解析したり、場合によっては自分で調査、試行錯誤して理解するものだ。そのように自分で調べるから身につくし、どのみち現実のプログラミング作業はそういうものだ。

なにより一番言いたいのは、必要ないことは習得できないし、必要なことは自然に習得するということ。必要ないことを学習しても、使わなければ忘れてしまうので、無駄に終わる。
だから、私はプログラミングのもっとも最適な習得方法というのは、実際にプログラミングを行うことだと思う。
プログラミングできない人にプログラミングさせるというのは、鶏が先か、卵が先か、みたいな話で、荒療治のように聞こえるが、例えば現存するプログラムの一部を修正させるようなことからはじめて、徐々に規模の大きなものをやらせることは可能だ。
痛みやかゆみを感じずに、楽してなにかを習得することはできない。簡単に習得できるものなら、そんなものに価値はない。プログラミングはそれなりに価値の認められる技能ではあるが、それは誰でもが短時間でたやすくできることではないからだ。
長い目で見て、たくさん痛い思いをしながらでなければ、血や肉にならない。

講習や勉強会のようなものを経て、プログラミング技能者が生産されるというような発想は、マトリックスのスイッチポンと同じようなもので、ないものねだりのありえない希望だ。
講習や勉強といった眠たいことをさせるのは、本人の意欲を失わせるばかりで時間の無駄にしかならない。実際の業務などの意味あるプログラミングをさせる中で習得させたほうが、本気で取り組むため、圧倒的に学習効果が高い。
ミスされることを恐れて、現実のプログラミング業務に従事させないのもいいが、いつまでも無駄な時間を費やしているわけにもいかないわけで、結局は業務にあたらせて、たくさん失敗しながら成長してもらうよりしかたないし、そこからが本当の学習になる。

銀の弾丸はない。

新しくなったロゼッタストーンでスタジオスケジュールが表示されず予約できない

先日、ロゼッタストーンがリニューアルバージョンアップしましたが、トラブルらしきものが起こっているようです。
スタジオスケジュールの画面が正常に表示されないことがあります。画面が出ないのでスタジオの予約ができません。
いつまでも通信中を示す輪っかが回っている状態で、スタジオスケジュールが表示されません。
この画面で止まったままになる

正常な場合は、このように表示されます。
正常な時の表示

この画面が出せないと、スタジオの予約ができないので、スタジオに参加できません。
いつもこのようになるのではなく、ときどきこの状態になり、数時間に渡ってスタジオ予約画面が出なくなります。
新機能の画面下にある英語チャットでも、ときどきこの話題が出ていますので、多くの人がそのような経験をしているようです。

以下、少々、技術的な話になりますが、
まず、画面でグルグル回っているものは単なるアニメーションGIF画像かなにかですから、通信状態をつぶさに表すものではありません。AJAX通信等でユーザーを待たせるときに、「サボっているのでなく、なんかやってますよ~」というパフォーマンスを見せるために、よくこのような表示を使います。
実際の通信状態を調べてみましたところ、おかしくなっているときであってもスケジュール用のデータファイルは正常にダウンロードされています。ダウンロードは6、7秒で終わっています。その後はグルグル画像が回っているだけで、一生懸命なにかやっているふりをしていますが、裏で何かしているわけではありません。ぼーっとしてるだけですので、いつまで待っていても無駄です。
ダウンロードされているデータファイルの中身は一見正常なJSON形式に見えます。その詳細までは解析していません。

以上のことから考えられる原因として、次のようなことが推測ができます。
1.ダウンロードしたファイルのフォーマットが壊れている。
2.ダウンロードしたファイルをクライアントプログラムが処理できない。

1の場合、サーバーサイドの問題ですので、サーバー側での対応が必要となります。
いつでもスケジュール画面が出ないわけではないので、特定の条件で作成されるデータファイルが正常な形式で作成されていないのかもしれません。
あるいは、サーバー側システムになんらかのトラブルがあって、正常なデータファイルが作成されないのかもしれません。

2の場合、クライアントプログラムのアップデートが必要になるかもしれません。
クライアントプログラムがアップデートされれば、自動配布されるでしょうから、それで解決するのではないかと思います。

コンピュータソフトウェアに不具合は付き物です。動作テストはしているでしょうが、想定していない思いがけない問題があったのだと思います。
ユーザー側の立場としては納得いかないものがあるかもしれませんが、「あることは証明できるが、ないことは証明できない」という、論理的に誰にもどうしようもない摂理があります。
コンピュータソフトウェアを作ったとしても、バグがあることを証明することはできますが、バグがないことを証明することはできません。ですので、通常、コンピュータソフトウェアのテスト過程においては、不具合が枯れてきて、統計的に不具合が残存する可能性が限りなく低下したことをもってテストが完了したと見なします。これは、「まあもうバグはないだろう」と妥協するものであって、不具合が確実に0になったことを証明するものではありませんし、誰にもできません。
それ以降、不幸なことに不具合が発見されたときは、そのときに、最善の対処をするしかありません。
だからといって、コンピュータソフトウェアの不具合を容認しては、それに甘えてテストを十分に行わないということが起こりますので、問題が起こったなら起こったで、そのときは責任を負うことが求められます。

リニューアルなんかしなくても、安定した以前のままでいいという意見もあるかもしれませんが、それは既存ユーザーの視点であって、ロゼッタストーン社も競争の中で商売をしているのですから、ずっと同じ場所にとどまっているわけにはいきません。他者の追撃への警戒がありますし、成長させないソフトウェアでは、社内的なモチベーションも維持できません。ある程度の周期で、リニューアルを繰り返すことで、営業における宣伝材料にもなるでしょう。
ならば、それはロゼッタストーン社の都合であって、既存ユーザーはそのようなことに関心がないということも言われるでしょう。
リニューアルするなら、既存ユーザーにもメリットがある形で行わないと理解を得られにくくなるということだと思います。

このスタジオ予約画面が出せないというのは、そこそこ大きな問題ですので、すぐに対処されるでしょうし、現状、このようになったときはしばらく待ってみるしかありません。
予約さえできれば、スタジオの参加自体は正常にできています。
今は改善されるのを待ちましょう。

2012年9月4日火曜日

本の検索と入手する4つの方法 書店・Amazon通販・電子書籍と無料の図書館

最近、読書がおもしろい。
もはやネタが飽和して質の低下した映像メディアや、インターネットコンテンツばかり見ているせいか、いまさらながら本を読むのが新鮮に感じる。

いままで欲しい本があったとき、私は書店を利用していたのだが、近頃は図書館の利用もなかなか便利なことが分かった。
それも含めて、本を入手する手頃な方法を考察してみたい。

・書店は最新の本を即時、新品で入手できる
本を買いたいと思う人に求められることは、当然その本が手に入ることが必要最低の条件だが、それに加えて早く簡単に手に入ればありがたい。
書店で本を購入するにあたっては、たいていの場合、それに応えてくれる。
私の場合、勤務している会社の近くに書店があるので、昼休みを有効利用して買いに行くことができる。
書籍を検索する端末があって、書籍名や著者名で探すことができる。検索結果を印刷できて、本の置かれた棚の場所が分かるようになっている。インターネットで紹介されている本を探すようなときに、とても重宝する。
書店を利用すれば、最新の書籍や雑誌を新品で手に入れることができて、しかも交通費も余計な時間もかからない。
欠点としては、あまり売れないマイナーな本は置いていないことがある。商売なので売れない本を置かないのは当然だ。その場合、取り寄せになってしまうが、それなら、次に挙げるAmazonを使う手もある。書店で取り寄せにしてしまうと、いつ届くか見当がつかないので、あまり使い良くない。

・Amazonは書店にない最新の本を、新品で数日後に入手できる
Amazonで本を購入する場合、輸送のため即時入手はできない。
ただし、在庫があればたいてい2~3日後には届くので、書店に置いていないようなときは、いつ届くか見当がつく分、Amazonを使う方がかえって気が楽だ。
コンビニへ配達してもらうことで、24時間好きなときに受け取りに行ける。私の場合、勤務する会社の数件隣にコンビニがあるし、自宅近くにもあるので、受け取りにコンビニを使うのに支障ない。
Amazonでは本一冊でも、送料がかからないので、そのあたりも心配ない。
だが、やはり欲しいと思ったその時にさっさと入手できず、数日間、受け取りに行くことを気に留めておかなければならないのがちょっと面倒に感じる。

・電子書籍は超便利で超即時性
書店やAmazonよりも、劇的に早く簡単に入手する方法がある。AmazonのKindleや楽天のkoboに代表される電子書籍を利用する方法だ。これなら、インターネット経由で端末から購入できるので、すぐに入手できるし、売り切れもない。
それに加えて、本を収納する場所を必要とせず、出かけるときは複数の書籍を一つの端末で持ち運べる等、電子書籍ならではのメリットがある。
ただ、いかんせんコンテンツが少ない。古い書籍どころか、最新のものですら網羅されていない。読む本がなければ、端末だけあってもしかたがない。
たとえ数冊程度読みたい本が対応していたとしても、その後も読みたい本が存在する確率が高くなければ、1万円近くするような端末を買うのは、とても得には思えない。
ただし、今後もっとコンテンツが充実し、うまく機能すれば電子書籍は他を脅かす圧倒的な存在になる可能性を秘めていると思う。

・図書館は大量の蔵書と即時性
最近、意外に便利だと思ったのが、図書館だ。
書店に本がなかったときや、少し古めの本であれば、図書館をあたるのは良い方法だと思う。
私が住んでいるところでは市内に複数の図書館があって、そのうちいくつかは、20時頃まで開いているので、会社帰りに寄ることができる。欲しい時に早く入手できるのが大きい。こういうものは、熱のあるうちに手にしてこそ満足できる。
図書館も進歩しているようで、最近はインターネットから蔵書を検索ができるようになっている。書籍名等から検索して、市内のどこの図書館にあるかと、現在の貸出状況が分かる。目的の本が見つかればその場で予約することができる。たとえ貸し出し中でも、次に借りるための予約がとれる。借りた本は2週間以内に返却しなければならないのだが、延長もインターネットからできるようになっている。
返却は、借りた図書館でなくても、市内のどの図書館に返却してもよく、休館日や時間外なら返却ポストに入れておけばよい。
もちろん公立図書館の利用は無料なので、買うには迷うが、ちょっと気になる程度の本でも気軽に借りられる。
図書館の利用にも欠点がある。新品ではないし、期限までに返さなければならない。自分の物でないので扱いも大切にしなけばならない。利用対象者は市内に居住しているか、市内に通学、勤務している人に限定される。雑誌のようなものも一部はあるが、貸し出ししていない。
図書館の豊富な蔵書と、即時入手可能なメリットはとても大きい。現在ではインターネットに対応していることでその利用価値が高まっているように思う。

結論は、、、
→古めの本は図書館
→最新の本は書店
→最新で書店にない本はAmazon
→電子書籍は今後に期待
やはり将来的には電子書籍が一般化した状態になるのだろうか。

2012年9月3日月曜日

どハデに進化したロゼッタストーン4.5 最新版はここが変わった

先日よりロゼッタストーンがアップデートされ、バージョン4.5になりました。最新版での進化と、退化?を紹介します。

ウェブブラウザからログインする
 まず、アプリケーションソフトウェアのような形式ではなく、InternetExplorer等のウェブブラウザで使うような形式になりました。
以前のようにアプリケーションソフトウェアとしても起動できますが、その場合はコースのみ使用可能で、オンラインサービスのスタジオとワールドは使えません。ウェブブラウザからはコース、スタジオ、ワールドすべて使えます。もうアプリケーションソフトウェアとして使う意味は、あまりありません。

ウェブブラウザベースへの変更があって、しばらくしたある日、さらに大きな変更が加えられました。
真っ先に気がつくのが背景画像がど派手になったこと。私はアメリカ英語版を使っているだけですが、他の言語ではどのようになっているのでしょうか?
このようなデザインの変更は好みの問題ですので、良くなったと言う人もいれば、前の方がいいと言う人もいるでしょう。

見た目以外で見ていくと、画面下にチャットが追加されました。すべてのオンライン中の人が発言できるチャットです。基本的に英語で会話する場所ですが、なぜか、ときどき韓国語やイタリア語らしき言葉も飛び交っています。
誰でも参加できる英語チャット
ロゼッタストーンって、こんなたくさん人がいたのかぁ、と、眺めたり、暇なら誰でも発言できます。

チャットのすぐ右には以前からあったコネクションがあります。
一緒にスタジオを受けたことがある人や、一緒にゲームをしたことがある人がコネクションとして表示されています。
そこにある人とプライベートチャットできるのは今までと同じですが、さらにコネクションから削除したり、特定の人からのコンタクトをブロックすることが可能になりました。私は男なのであまり使うことはないように思いますが、いろんな人が参加する場所なのでそういうものが必要になる人もいるのかもしれません。
コネクション
他には、なくなったものとして、コネクションで、他の人のレベルとユニットを見ることができなくなりました。
スタジオを何回も受けていると、何回か一緒になったことがあるメンバーというのが出てきます。そういう人は、おなじような時期にロゼッタストーンを始めていて、近いレベル、ユニットのことが多いです。何回も同じになると名前を覚えてしまって、同級生のような親近感を感じるようになります。ときどきその人がどこまで進んでいるのか気になって、進捗状況を見ていたのですが、今回のアップデートで見ることができなくなってしまいました。
また、一緒にスタジオに参加した人で、妙に上手な人がいたときなど、その人のレベルが気になることがあります。レベルを確認して自分より上だったら、ちょっと安心したり…ということもできなくなりました。
ただ、自分の進捗を他の人に知られたくないという人にはこの方が良くなったと言えるのでしょう。
それとは代わって、今現在、何をしているのかは筒抜けになりました。
今、コースをしているのか、どのゲームをしているのかが、リアルタイムで表示されてばれてしまいます。これも一長一短です。ただ、それさえもステータスを非表示にすることができます。

・コースはアクティビティのアイコンが大型化した
コースの内容自体は変わりありません。コースに入る前の表示方法が変わりました。
カラフルになったことと、ユニットが通し番号に変わりました。以前はそれぞれのレベルでユニット番号が1~4までありましたが、今回はレベル1~5までで、ユニット番号が1~20まで通して振られています。これがなんのための変更かは分かりません。
ユニットは通し番号に変更
ひとつのユニットには5つのレッスンがあり、それが、コアレッスン、リスニング、発音等のアクティビティに分かれています。それら一つ一つのアクティビティアイコンが大きく表示されるようになりました。見やすくてクリックしやすいのですが、その反面、全体像が見渡しにくくなったように思います。数十あるアクティビティアイコンの中から、9つしか表示されていないので、ユニット全体の中の進捗が把握しずらいという意味です。
実際のところ、コースは順番に進めるものなので、ひとつひとつのアクティビティのアイコンをクリックすることはあまりありません。その下にある次のアクティビティに進むための大きなリンクをクリックすることがほとんです。そうであれば、クリックする機会の少ないアイコンは小さくても問題ありません。たぶん実用性よりもデザイン的な面を重視した変更がなされたということでしょう。

・ワールドは、ゲームの構成変更と音読の加わったエクスプローラー(前ストーリー)
ワールドはゲームとストーリーがありましたが、今回Play、Talk、Exploreと分けられました。分け方を変えただけで中身は同じものです。上に書いたチャット機能もワールドの一環として扱われているようで、ゲームに招待するのに使うことができます。
Play、Talkはゲームです。Playは、BUZZBINGO、Picari、MemGo!、PROSPEROという会話の不要なゲーム、Talkは、identi、Contrast、Meta tag、REPLICA、Chatoniumといったチャットか音声による会話、もしくはMeta tagではキーボード入力が必要なゲームです。
一人で遊べるもの、相手が必要なもの、会話はチャットか音声かといった違いをそれぞれ選択できます。
今回少し便利になった点としては、ゲームのパートナーを希望する人がいたとき、通知音と表示で知らせてくれるようになりました。その代わり、以前は知ることができた待機中の人数は分からなくなりました。
パートナー希望の表示

あと、ゲームが終わった後に、一緒にゲームをした人をコネクションに追加するか尋ねられるようになりました。私はどちらでもいいようなことなので、手間が増えることを考えると、強制的にコネクションに追加する以前の方式でも良かったのではないかと思います。
ゲーム終了後のコネクション追加確認
相手にはリクエストが送られる

Exploreは以前ストーリーと呼ばれていたものです。
ユニットごとに数本のストーリーが用意されていて、以前はコースを終えないと、対応するユニットのストーリーを見られなかったのですが、今回からすべてのストーリーを見られるようになりました。
すべてのストーリーが見られる
テキストと音声による朗読を聞ける他、今回から自分で読んで録音できるようになりました。
発音中のテキストの色が、順次変わっていき、ちゃんと発音が認識されているかを確認できます。すべて発音すると、添削された結果が表示されます。
録音の添削結果
自分が読んだ内容は録音されているので、聞き直すことができます。ただし、自分が喋った声を自分で聞くのは変な気分です。
音読は今回のアップデートの目玉の一つだと思います。

ワールドの構成
 Play
  BUZZBINGO
  Picari
  MemGo!
  PROSPERO
 Talk
  identi
  Contrast
  Meta tag
  REPLICA
  Chatonium
 Explore
 チャット

・スタジオはほぼ変化なし
スタジオの中身は変化ありません。
予約の仕組みも変更ありません。
インタフェース上のちょっとした変化はありますが、使用感に大きな違いはありません。
2件の予約を表示できる

その他、私は使っていないので恩恵を受けていませんが、TOTALe Companion HDの学習履歴の同期が可能になっているようです。

これは以前からですが、全体的に動作が遅く感じられます。
ユーザーIDとパスワードを入力してログインするにも、使えるようになるまで十数秒以上かかりますし、スタジオの予約ではユニット毎の予約状況をサクサクと切り替えて見られるという感じではありません。

今回のような突然の大ニューアルがあるとき、既存のユーザーにとっては、戸惑うことが多いのではないかと思います。
やりたいことが以前のようにできず、やりたいことをする前に、また機能の配置や使い方を覚えなければなりません。だから少しイライラさせられて、前の方が良かった~!という否定的な感想になりがちです。
それはこの手のリニューアルに付き物ですので、仕方ないのですが、一部の使い勝手のことや機能的に後退した部分については残念な気がします。
その代わり、ストーリーの音声認識といったように、思いがけず新機能を使えるようになったのはありがたいことです。

最後に、新しいバージョンのヘルプが作られているようなのでご紹介しておきます。
http://resources.rosettastone.com/totalehelp/ja-JP/Default.htm

無料のフリーソフトウェアにサポートはあっても、有料のシェアウェアにサポートはない

最近では、数が少なくなってきているようだが、ネットでは、フリーソフトウェアやシェアウェアと呼ばれるオンラインソフトウェアが公開されている。
基本的な考え方では、フリーソフトウェアは無料で、シェアウェアは有料だ。

誰でもが使いやすいようにコンピュータソフトウェアを作ることは、根気が要る作業だ。製作者は大変なストレスを抱えながら作ることになる。世の中に、コンピュータソフトウェア技術者はたくさん存在するが、技術者であれば、フリーソフトウェアやシェアウェアのようなものを、すぐに作れるわけではない。簡単に作れるのであれば、フリーソフトウェアやシェアウェアに、あまり存在価値はない。コンピュータソフトウェア技術者という職業も成立しない。いくら技術者でも、人の役に立つそれなりに形のあるものを作ろうとすれば、苦行を強いられ、簡単に作れないから価値がある。
コンピュータソフトウェアの技術者は、他人が作成したソフトウェアを見た時に、そのソフトウェアが内部で行なっていることの実現方法を憶測できることがある。だが、実現方法を知っていても、それで同じ物を作ることができるわけではない。コンピュータソフトウェアを作り上げるというのは、手間と時間が必要で、最後まで逃げることなく粘り強く取り組まなければならない。それがなにより難しい。普通は、途中で挫折して完成までたどり着けないものだ。
コンピュータソフトウェアの制作は、流れ作業か、作る方法のようなものがあって、それに沿って作業をすれば、自然と組み上がるものではない。その証拠に、同じ物を作っても、作る人によって、できあがるプログラムコードはまったく異なる。
実現する目的のイメージが決まっていても、そこまでどのように持っていくかというのは、頭を使うことであり、それをコードに落としていくのはとても骨の折れることだ。

それほどまでに、面倒な思いをして作られるソフトウェアならば、他人に配布するにあたっては、作者は対価を貰いたいだろう。にも係わらず無料で提供されるソフトウェアが存在するのには、もちろんなにか理由がある。
ひとつは対価を得るほどの価値のないもの。数時間程度で作れるようなものであれば、あまり価値はない。BMIを計算するだけとか、基本的な画像ファイルを表示するだけのもの等、簡単に作れるものは、誰かがすぐに対抗の無料ソフトを作れてしまうため、有料にできない。
次に、好意から無料にしているものがある。自分のために作ったので、他人でも使えるようにしたものや、みんなが役立つためを思って作られたようなソフトウェアだ。実は、この他人への好意というのは大変なモチベーションを生み出す。古くからあるフリーソフトウェアはこのような意志で作られたものが多い。ソフトウェアは完成まで作り続けることが難しいのだが、公開したときのことを思い描くことで、モチベーションを持続できる可能性がある。
それも、近年、インターネットが普及して、よく理解していない人へ裾野が広がり、製作者への扱いが無礼で無神経になったことや、インターネットをフィールドにする企業活動が支配的になっていること等、様々な環境変化で、アマチュアによるフリーソフトウェアは数が少なくなってきた。
他は、アフィリエイトによる収益を狙ったもの。試用版として配布されているもの等がある。

フリーソフトウェア作家は、有料にできるものなら、有料にしたいのが本音だろう。だが、有料にするとシェア(市場占有率)は極端に小さくなる。
ドネーションソフトウェアと呼ばれる任意の寄付による収益化もあるのだが、ほとんど送金はない。人は必要に迫られるまで、わざわざ金を支払わない。

フリーソフトウェアと比較してよく言われることに、シェアウェアにはサポートがある/サポートが必要というのがある。有料のメリットとして操作方法等、サポートが受けられるというのだ。これは特に製作者サイドではなくユーザーが言っていることが多い。製作者は有料ユーザーにはサポートを保証するとか、シェアウェア代金にサポート費用が含まれているとは明言していないが、ユーザーが勝手にシェアウェアが有料なのはサポートが受けられるからだと解釈するのだ。
これはまったく逆である。フリーソフトウェアにこそサポートはあれど、シェアウェアにサポートはない。有料だからサポートがある、というのは理に適っているように聞こえるが、事実上は逆だ。
シェアウェアの対価はそのソフトウェアに対してのものだ。ならば追加でサポートが必要なら、そのためのサポート料金を支払わなければならないことになる。
シェアウェアの代金がサポート料だと言うなら、シェアウェア自体の代金はどこにあるのかということになる。また、サポートが必要なユーザーと不要なユーザー間で不公平が生じる。製作者がメール対応や調査に費やす時間と工賃を考えると、数千円程度のシェアウェアでは、ほとんど何もできない。
それに、多くのソフトウェア製作者は、たとえサポート料金をもらってもサポートなどしたくないだろう。アマチュアのソフトウェア製作者はソフトウェアを作ることに興味こそあれ、他人を世話することには関心がない。
シェアウェア作者はサポートのために料金を受けているのではなく、ソフトウェアの対価として受けているつもりだ。料金の意味の受けとり方に齟齬がある。

逆にフリーソフトウェアなら別だ。金銭的な損得勘定がない分、製作者はサポートに対する見返りを意識しない。製作者の気分次第で、無尽蔵にサポートが可能だ。義務がない分、気持ちのよいサポートが受けられる。

フリーソフトウェアにするか、シェアウェアにするかは製作者の方針の違いであり、サポートの有無は関係ない。有料にする理由付けとして、サポートがあるとか、バージョンアップや不具合対応が受けられる等というのは、ユーザーが有料を納得するために考えたつじつま合わせに思える。
シェアウェア製作者は、代金と引き換えにサポートを約束なんてしたら、大変なリスクを背負うことになる。

原則、フリーソフトウェアもシェアウェアもサポートはない。特にシェアウェアは金銭的な損得がある分、割に合わないようなサポートはできない。
フリーソフトウェアは製作者の気持ち次第だが、ないと考えるのが前提だ。

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