セブンミールというセブンイレブンのお弁当サービスがある。ウェブで予約しておくと、配達してくれたり、店舗で受け取ることができる。いつも利用しているのはおまかせ御膳という510円のもの。量がちょっと少な目で、体形に気をつけている私にはちょうどいい。一応は日替わりなので、毎日利用しても大丈夫だ。
最大のメリットは、夕食の買い物にかかる時間の節約。セブンイレブンというコンビニで受け取ることができるので、通勤途中にある店舗を指定して立ち寄れば、わざわざスーパーに行かなくてよい。受け取りは入り口入ってすぐにあるレジだ。店舗の中まで入っていく必要がない。歩く距離も最小限だ。セブンイレブンとしては、ついでに店の物をなにか買い物してもらうことを期待する部分もあるのかもしれないし、実際、その思惑通り、まんまとそうすることもあるのだが、特に必要なものがないときは、本当に最小限の時間しかかからない。貴重な生きる時間の消費を最小限にできて、他のことに時間をまわすことができる。
食の楽しみということもあるので、文字通り消化するだけの夕食ライフをセブンミールだけで送るというのは、味気ないものがある。しかし、いちおうは日替わりということと、味に関しては、うまいとは言えないが普通に大丈夫であり、安定した低カロリーという点もあって、これはこれでありだと思う。
ただ、日替わりとはいえバリエーションがまだまだ少ない。できれば365日メインのおかずが重なることがないというくらいバリエーションを開発してほしい。それから、オムニというウェブサイトで予約するのだが、その操作がやりにくいし、注文完了までクリックする回数が多すぎる。頻繁に利用するにはかなり面倒だ。支払いもクレジットカード等で事前にできるようにして、店舗では本当に受け取るだけにすればさらに時間短縮になる。店舗に入ってすぐにレジがあるとはいえ、並んでいる人がいると待たされてしまう。そればかりはしかたないかもしれないが、その時間すらもったいない。宅配ボックス的な暗証番号みないたもので受け取れるとか、なにかアイディアがほしい。
あと、まだまだこのサービス自体がマイナーなので店舗で新人の店員さんにセブンミールと言うと、どの銘柄のタバコかと聞かれることがある。セブンなんとかというタバコがあるので、タバコのことかと勘違いされるようだ。今さらだが、セブンミールの名前を変えるとか、店員さんの教育をするとか考えたほうがいい。
安くて、時間の節約になるセブンミールというサービス。一人暮らしの人も多いし、忙しくてせっかちな世の中。特に平日は仕事に固定的に時間を取られて、ただでもプライベートな時間が少ない。生きる時間をもっと作るためにも、こうしたサービスは有効だ。もっと宣伝して、クオリティを上げれば、利用者も増えそうなポテンシャルがある気がする。
2017年6月14日水曜日
フローリング床のホコリ対策で毎日ピカピカ
フローリングの床の部屋に住んでいるとよく分かるのだが、ホコリが毎日のように床に積もる。掃除機をかければいいんだが、毎日となると手間だ。
そこで見つけたのが、クイックルワイパー。ずっと前に買ったままほどんど使わず放置していたが、よく考えてみればそれを使えばいい。
クイックルワイパーとは長い柄の先にある板状の部分に紙製のナプキンのようなものを取り付けて床を拭き掃除できるものだ。考えてみればこれは本当によくできている。今まで使わなかったのがもったいなく感じる。
掃除機は重いし、電源コードがあるので、掃除をするのに「さあ、やるか」と、ちょっと踏ん切りがいる。クイックルワイパーだと軽いのでパッと取ってささっと掃除することができる。騒音がないので、時間を気にする必要がない。私はいつも出勤前の空き時間を使って掃除している。マンションなのでまだ就寝中の人がいる可能性を考えて近所迷惑にならないよう掃除機は使いたくない時間帯だ。狭い部屋なので、クイックルワイパーで掃除にかかる時間はたった1~2分だけ。静かなのでテレビを見ながらできる。
クイックルワイパーに付けて使う紙は使い捨てで簡単に取り換えできる。取り付けも4個所を指で押し込むだけの極めて簡単なもの。その押し込む部分が上側にあるので、取り外して捨てる時に汚れた部分を手で触る必要がない。この仕組みはなにかでパチンと紙を止めるような仕組みがあるのではなく、穴が切ってあるだけのところに押し込むという言い方は悪いが、貧乏くさいというか、しっかりした作りに思えないのだが、実はシンプルで十分なものだし、取り付けも取り外しもかえって簡単にできる。
壁と床の直角になった隅の部分もきっちり拭くことができるし、必ずしも床だけでなく、壁のように垂直な部分も拭くことができる。
これを毎日やるようになってからは、いつでも床がピカピカで気持ちがいい。クイックルワイパーなんてローテクで、原始的な掃除器具だと思っていたが、よく見ると実はちゃんと考えられているし、掃除能力も高い。フローリングのお宅には必需品だと思う。
そこで見つけたのが、クイックルワイパー。ずっと前に買ったままほどんど使わず放置していたが、よく考えてみればそれを使えばいい。
クイックルワイパーとは長い柄の先にある板状の部分に紙製のナプキンのようなものを取り付けて床を拭き掃除できるものだ。考えてみればこれは本当によくできている。今まで使わなかったのがもったいなく感じる。
掃除機は重いし、電源コードがあるので、掃除をするのに「さあ、やるか」と、ちょっと踏ん切りがいる。クイックルワイパーだと軽いのでパッと取ってささっと掃除することができる。騒音がないので、時間を気にする必要がない。私はいつも出勤前の空き時間を使って掃除している。マンションなのでまだ就寝中の人がいる可能性を考えて近所迷惑にならないよう掃除機は使いたくない時間帯だ。狭い部屋なので、クイックルワイパーで掃除にかかる時間はたった1~2分だけ。静かなのでテレビを見ながらできる。
クイックルワイパーに付けて使う紙は使い捨てで簡単に取り換えできる。取り付けも4個所を指で押し込むだけの極めて簡単なもの。その押し込む部分が上側にあるので、取り外して捨てる時に汚れた部分を手で触る必要がない。この仕組みはなにかでパチンと紙を止めるような仕組みがあるのではなく、穴が切ってあるだけのところに押し込むという言い方は悪いが、貧乏くさいというか、しっかりした作りに思えないのだが、実はシンプルで十分なものだし、取り付けも取り外しもかえって簡単にできる。
壁と床の直角になった隅の部分もきっちり拭くことができるし、必ずしも床だけでなく、壁のように垂直な部分も拭くことができる。
これを毎日やるようになってからは、いつでも床がピカピカで気持ちがいい。クイックルワイパーなんてローテクで、原始的な掃除器具だと思っていたが、よく見ると実はちゃんと考えられているし、掃除能力も高い。フローリングのお宅には必需品だと思う。
svchost.exeのCPU使用率が高くてWindowsが重い
Windowsで何をやるにも遅いのでタスクマネージャーを見てみるとCPU使用率が100%近くになっていた。プロセスをみるとsvchost.exeというのが、90%以上のCPU使用率を占めている。
svchost.exeはさまざまなサービスのプロセスを動かすためのものらしいので、こいつ自体を止めるこことはできない。svchost.exeによって制御されているサービスのなにかが原因なので、それを探し出す必要がある。管理ツールの中にあるサービスを開き、あやしそうなものをひとつひとつ停止して見つけるしかない。
「Automatic Updates」というのを停止したところ、タスクマネージャーのCPU使用率が下がった。名前から考えるとWindowsのアップデート関連だろうか。止めて問題ないようであればスタートアップでの起動も停止しておいた方がいいだろう。
svchost.exeはさまざまなサービスのプロセスを動かすためのものらしいので、こいつ自体を止めるこことはできない。svchost.exeによって制御されているサービスのなにかが原因なので、それを探し出す必要がある。管理ツールの中にあるサービスを開き、あやしそうなものをひとつひとつ停止して見つけるしかない。
「Automatic Updates」というのを停止したところ、タスクマネージャーのCPU使用率が下がった。名前から考えるとWindowsのアップデート関連だろうか。止めて問題ないようであればスタートアップでの起動も停止しておいた方がいいだろう。
2017年6月13日火曜日
通帳記入を放置しておくと思わぬ落とし穴が、そして印鑑登録を何度も
最近は、まったく貯金通帳を使わなくなった。キャッシュカードで十分だからだ。通帳記入ができないので履歴が残らなくなるが、それは大昔にあきらめた。今、通帳記入をしても過去の履歴は全部記入されない。しかし過去の履歴がなにかの役に立つこともないし、過去の思い出を眺めていても、未来の幸せにはあまり関係ない。それより通帳記入に行く手間と時間を考えると、人生を浪費する分不幸だ。通帳記入しなくても普段の生活になんの影響もないので、通帳記入を完全に残したいというのは気持ちの問題でしかない。
ただ、盲点があって、貯金通帳をどうでもいいと思っていると、印鑑の方についても意識がなくなってしまう。その結果、銀行印がどれだったか分からなくなる。複数の銀行口座、複数の印鑑を持っていると、どの組み合わせになっているのか、もはや記憶にない。たまに銀行印が必要になった時に、適当に印鑑を使うと、印影が異なると言って突き返される。しかたないので、銀行印の再登録をしてもらったことが何度もある。幸い無料でやってくれるので助かるが、銀行にとっては迷惑だ。
ということで、以前間違えたときに付けたであろう目印が印鑑に書いてあった。「非銀行印」と書いてある。なるほど、これは銀行印ではないということだ。これならこの印鑑を間違えて使うことはないだろう。しかし、それが銀行印でないことは分かったが、どれが銀行印かは分からない。「非銀行印」ではなく「銀行印」と書いてあるものがないので困る。そして、結局、銀行でまた印鑑を再登録してもらった。こんどはちゃんとこの印鑑に「銀行印」と書いておく。
ただ、盲点があって、貯金通帳をどうでもいいと思っていると、印鑑の方についても意識がなくなってしまう。その結果、銀行印がどれだったか分からなくなる。複数の銀行口座、複数の印鑑を持っていると、どの組み合わせになっているのか、もはや記憶にない。たまに銀行印が必要になった時に、適当に印鑑を使うと、印影が異なると言って突き返される。しかたないので、銀行印の再登録をしてもらったことが何度もある。幸い無料でやってくれるので助かるが、銀行にとっては迷惑だ。
ということで、以前間違えたときに付けたであろう目印が印鑑に書いてあった。「非銀行印」と書いてある。なるほど、これは銀行印ではないということだ。これならこの印鑑を間違えて使うことはないだろう。しかし、それが銀行印でないことは分かったが、どれが銀行印かは分からない。「非銀行印」ではなく「銀行印」と書いてあるものがないので困る。そして、結局、銀行でまた印鑑を再登録してもらった。こんどはちゃんとこの印鑑に「銀行印」と書いておく。
PowerDirector15を買った。ちゃんと使える動画編集ソフトに成長している
動画編集ソフトが必要になって、どういうのがいいか探していたところ、PowerDirector 15というのが売れているらしいことを見つけた。PowerDirectorと言えば昔にちょっと使ってみたことがあって、ものすごく使いにくかった記憶がある。とにかく、やたら落ちまくる。なにかひとつ編集するだびにセーブしておかなければならなかった。機能も十分とは言えず、歯がゆい思いをすることが多かった。
他にはEDIUSというのも使ったことがあって高機能でよかったのだが、ちょっと値段が高い。でも、やりたいと思ったことがちゃんとできるソフトだった。PowerDirectorも売れていて、インターネット上の評判も悪くなさそうなので、以前の悪いイメージを気にしつつも、値段はそれほどでもないし買ってみることにした。
PowerDirector 15にもいくつか種類があって、一番高いUltimate Suiteというのを買った。高いといっても1万4千円程度。これには、動画や音に様々な効果を付けたりするソフトも付属されている。だからちょっと高い。こうしたソフトを使えば、単なる動画編集にとどまらない変わった動画を作ることができる。ただし、使いこなすには、それなりの才能も必要だろう。
PowerDirectorを使ってみた感想としては、15作目ともなると完全に安定している。いくつか動画を作ってみた感じでは、落ちたことは一度もない。
動作も軽快とは言わないが、問題ない。例えばなにかクリックして瞬時に動作しない場合があっても、マウスから手を放すほど待たされることはない。エンコードも十分速い。
動画をトリミングして、並べて、音を付けて、タイトルを作るという基本的なことに関して、まったく普通に使える。動画をトリミングするにも、ちゃんと一コマずつ開始と終了コマを指定するような細かいこともできる。
トラックも100トラックまで作れるので十分だし、音やタイトルも並み以上の機能で編集できるようになっている。加えて、動画の手ぶれ補正や動画サイトへのアップロードといった付加機能もいろいろある。
ここまでちゃんと使えるのなら、素人が動画を編集するには十分だ。昔の基本的なこともまともにできなかった時代があっただけに、当たり前のことが当たり前に使えるようになっていることにちょっと感動した。でもその当たり前のことができるというのがとても大事だ。
たぶん、VideoStudio等の他社の同価格帯の製品でも同じようなものだと思うが、このクラスの動画編集ソフトで普通に使えるようになっていることを知って、浦島太郎状態になってしまった。
他にはEDIUSというのも使ったことがあって高機能でよかったのだが、ちょっと値段が高い。でも、やりたいと思ったことがちゃんとできるソフトだった。PowerDirectorも売れていて、インターネット上の評判も悪くなさそうなので、以前の悪いイメージを気にしつつも、値段はそれほどでもないし買ってみることにした。
PowerDirector 15にもいくつか種類があって、一番高いUltimate Suiteというのを買った。高いといっても1万4千円程度。これには、動画や音に様々な効果を付けたりするソフトも付属されている。だからちょっと高い。こうしたソフトを使えば、単なる動画編集にとどまらない変わった動画を作ることができる。ただし、使いこなすには、それなりの才能も必要だろう。
PowerDirectorを使ってみた感想としては、15作目ともなると完全に安定している。いくつか動画を作ってみた感じでは、落ちたことは一度もない。
動作も軽快とは言わないが、問題ない。例えばなにかクリックして瞬時に動作しない場合があっても、マウスから手を放すほど待たされることはない。エンコードも十分速い。
動画をトリミングして、並べて、音を付けて、タイトルを作るという基本的なことに関して、まったく普通に使える。動画をトリミングするにも、ちゃんと一コマずつ開始と終了コマを指定するような細かいこともできる。
トラックも100トラックまで作れるので十分だし、音やタイトルも並み以上の機能で編集できるようになっている。加えて、動画の手ぶれ補正や動画サイトへのアップロードといった付加機能もいろいろある。
ここまでちゃんと使えるのなら、素人が動画を編集するには十分だ。昔の基本的なこともまともにできなかった時代があっただけに、当たり前のことが当たり前に使えるようになっていることにちょっと感動した。でもその当たり前のことができるというのがとても大事だ。
たぶん、VideoStudio等の他社の同価格帯の製品でも同じようなものだと思うが、このクラスの動画編集ソフトで普通に使えるようになっていることを知って、浦島太郎状態になってしまった。
運送会社の待遇改善は必要だがサービス向上努力が不要ということではない
ヤマト運用からメールが来た。6/19から時間帯指定の区分が変更されるようだ。
インターネット通販をはじめとした物流量の増加と、サービス品質への高い要求から配達員に負荷がかかりすぎることが問題になり、そのことに対して利用者の理解もある程度得られていることから、サービスや運送料の見直しを行っているようだ。
まず、不払い残業等の法令違反は問題外であり、そのような点は直ちに改善する必要がある。低価格や便利なサービスは、ルールに乗っ取ってやるのが前提であり、ルール違反をしてそれを実現していたのでは意味がない。そのようなものは反則であり、サービスとは言わず、不正と言う。ただのブラック企業だ。
さらに再配達を何度でも無料でやっているのは、過剰サービスではないかという指摘がある。配達時間が細かく指定できるというのも、サービスが良すぎるという指摘がある。海外と比較した場合、考えられないようなサービスらしい。
配達員等の努力によって、そうしたサービスが提供されていることは、ありがたいことだと思うが、ただ、私は、海外と比較してサービスが良すぎるからサービスの質を下げていいということになると、それはどうかと思う。
もちろん、単純にサービスの受益者としてはサービスのレベルが高い方がありがたいということもあるのだが、もっと一般的な話として、企業努力や競争原理によってサービス等を向上していくのは悪いことではないからだ。
例えば、海外の配送業者が日本企業のサービスレベルが低いところを見て、そこに付け込んで独自のアイディアで参入してくるかもしれない。いくら配達員の負担があると言っても、よりよいサービスの提供を実現できる企業が登場したら、消費者は正直な選択をするだろう。また、高いサービスのノウハウは、海外進出にも有利だ。
宅配ボックスの設置にも言える。高いサービスを要求しなければ、そもそも宅配ボックスの必要性は考えもしないかもしれない。だが、宅配ボックスは配送業者、利用者双方にとってメリットがある。高いサービス水準の要求は、そうしたアイディアや工夫を生み出すもとになる。便利なサービスを作れば日本発として海外へも波及させられる。海外のサービス水準が低いから、日本のサービス水準も落としたらいいのではなく、逆にサービス水準の低い海外に日本の高いサービス水準を輸出するくらいでいい。
あくまで法律を守り、配達員を大切な社員として維持した上で、サービスの向上を目指すのは悪いことではない。
インターネット通販をはじめとした物流量の増加と、サービス品質への高い要求から配達員に負荷がかかりすぎることが問題になり、そのことに対して利用者の理解もある程度得られていることから、サービスや運送料の見直しを行っているようだ。
まず、不払い残業等の法令違反は問題外であり、そのような点は直ちに改善する必要がある。低価格や便利なサービスは、ルールに乗っ取ってやるのが前提であり、ルール違反をしてそれを実現していたのでは意味がない。そのようなものは反則であり、サービスとは言わず、不正と言う。ただのブラック企業だ。
さらに再配達を何度でも無料でやっているのは、過剰サービスではないかという指摘がある。配達時間が細かく指定できるというのも、サービスが良すぎるという指摘がある。海外と比較した場合、考えられないようなサービスらしい。
配達員等の努力によって、そうしたサービスが提供されていることは、ありがたいことだと思うが、ただ、私は、海外と比較してサービスが良すぎるからサービスの質を下げていいということになると、それはどうかと思う。
もちろん、単純にサービスの受益者としてはサービスのレベルが高い方がありがたいということもあるのだが、もっと一般的な話として、企業努力や競争原理によってサービス等を向上していくのは悪いことではないからだ。
例えば、海外の配送業者が日本企業のサービスレベルが低いところを見て、そこに付け込んで独自のアイディアで参入してくるかもしれない。いくら配達員の負担があると言っても、よりよいサービスの提供を実現できる企業が登場したら、消費者は正直な選択をするだろう。また、高いサービスのノウハウは、海外進出にも有利だ。
宅配ボックスの設置にも言える。高いサービスを要求しなければ、そもそも宅配ボックスの必要性は考えもしないかもしれない。だが、宅配ボックスは配送業者、利用者双方にとってメリットがある。高いサービス水準の要求は、そうしたアイディアや工夫を生み出すもとになる。便利なサービスを作れば日本発として海外へも波及させられる。海外のサービス水準が低いから、日本のサービス水準も落としたらいいのではなく、逆にサービス水準の低い海外に日本の高いサービス水準を輸出するくらいでいい。
あくまで法律を守り、配達員を大切な社員として維持した上で、サービスの向上を目指すのは悪いことではない。
ソースとしての信憑性に弱いインターネットの記事
古い話だが「日本死ね」と書かれたブログだったか、ツイッターだったかが、国会で取り扱われたことがある。保育園に自分の子供を入園させることができない状況である日本に対して文句を言っているものである。
それはいいとして、思うのがインターネットのブログやツイッターに投稿された一般の人が書いた投稿というのは、特に事情がない限りはあまり特別に扱う必要はない。このブログもそうである。一個人が適当なことを書いているだけのものであり、なんとでも書くことができるし、責任もない。そのようないいかげんなものをひとつの事例として国会で取り上げるというのは違和感がある。
例えば、
「太陽は西から上る。これは絶対に全世界的に普遍的で正しいことだ。」
と、このようにインターメットには嘘を簡単に書くことができる。昇るではなく上るという誤字も間違ったまま書くことができる。そして、ご覧のとおり削除されることも訂正されることもない。これを読んでいる方も、その気になれば、同じようにいくらでもインターネットに適当な嘘八百を書くことができる。こんな情報を信用できるだろうか。信用できるわけがない。
実のところ、それはインターネットに限らないし、個人が書いた記事だけの話でもないのだが、インターネットの個人の記事は特に信用できない。わざわざ間違ったことを書かないだろうという性善説による期待はできるが、裏付けはない。
ひょっとすると、インターネットには、正しいことを書かないと、問題になることがあると考える人がいるかもしれない。例えば名誉棄損とか営業妨害等だ。だから責任のある記事が書かれなければならないと思われる人がいるかもしれない。
だが、そのような責任が伴うのでは、誰もインターネットに気軽に投稿できないし、個人の投稿に対していちいちそのような責任を求めるのは現実的ではない。一個人が十分な裏付け取材をして、個人的な感情や思い込みがないよう精査してから投稿するなんてことはしない。思いついたことを適当に書いているだけだ。
インターネットは、個人で気軽に投稿できる仕組みなので、望む望まざるにかかわらず、そうならざるを得ない。
寿司屋のチェーンを経営している会社が、インターネットの記事に対して裁判を起こしたことがあった。記事が名誉棄損や営業妨害になるということだ。当然ながらそのような裁判を起こしても意味がない。その案件は記事内容が事実かどうかということも判断材料としてあったようだが、仮に事実でないことを書いたとしても、インターネットの記事に対していちいち事実と異なるからといって裁判をすること自体ナンセンスである。よほどの悪意があるとか、なにか特別な事情があればどうか分からないが、ほとんどの場合においてはありえない。
インターネットに対して、いい加減な記事を書いても罰せられないという意味ではない。それ以前に、インターネットの情報を個人が無責任に書いているのは、はなから常識だ。100%信用できないのは周知の事実である。でたらめかもしれないと誰でも分かっている記事に対して、でたらめなことを書くなと言うようなものだ。
仮に間違ったことや非難、批判がインターネットに書かれているからといって、誰もそれを真に受けていない。あくまでひとつの意見として参考にするだけで、様々な可能性のひとつであるだけである。
それはいいとして、思うのがインターネットのブログやツイッターに投稿された一般の人が書いた投稿というのは、特に事情がない限りはあまり特別に扱う必要はない。このブログもそうである。一個人が適当なことを書いているだけのものであり、なんとでも書くことができるし、責任もない。そのようないいかげんなものをひとつの事例として国会で取り上げるというのは違和感がある。
例えば、
「太陽は西から上る。これは絶対に全世界的に普遍的で正しいことだ。」
と、このようにインターメットには嘘を簡単に書くことができる。昇るではなく上るという誤字も間違ったまま書くことができる。そして、ご覧のとおり削除されることも訂正されることもない。これを読んでいる方も、その気になれば、同じようにいくらでもインターネットに適当な嘘八百を書くことができる。こんな情報を信用できるだろうか。信用できるわけがない。
実のところ、それはインターネットに限らないし、個人が書いた記事だけの話でもないのだが、インターネットの個人の記事は特に信用できない。わざわざ間違ったことを書かないだろうという性善説による期待はできるが、裏付けはない。
ひょっとすると、インターネットには、正しいことを書かないと、問題になることがあると考える人がいるかもしれない。例えば名誉棄損とか営業妨害等だ。だから責任のある記事が書かれなければならないと思われる人がいるかもしれない。
だが、そのような責任が伴うのでは、誰もインターネットに気軽に投稿できないし、個人の投稿に対していちいちそのような責任を求めるのは現実的ではない。一個人が十分な裏付け取材をして、個人的な感情や思い込みがないよう精査してから投稿するなんてことはしない。思いついたことを適当に書いているだけだ。
インターネットは、個人で気軽に投稿できる仕組みなので、望む望まざるにかかわらず、そうならざるを得ない。
寿司屋のチェーンを経営している会社が、インターネットの記事に対して裁判を起こしたことがあった。記事が名誉棄損や営業妨害になるということだ。当然ながらそのような裁判を起こしても意味がない。その案件は記事内容が事実かどうかということも判断材料としてあったようだが、仮に事実でないことを書いたとしても、インターネットの記事に対していちいち事実と異なるからといって裁判をすること自体ナンセンスである。よほどの悪意があるとか、なにか特別な事情があればどうか分からないが、ほとんどの場合においてはありえない。
インターネットに対して、いい加減な記事を書いても罰せられないという意味ではない。それ以前に、インターネットの情報を個人が無責任に書いているのは、はなから常識だ。100%信用できないのは周知の事実である。でたらめかもしれないと誰でも分かっている記事に対して、でたらめなことを書くなと言うようなものだ。
仮に間違ったことや非難、批判がインターネットに書かれているからといって、誰もそれを真に受けていない。あくまでひとつの意見として参考にするだけで、様々な可能性のひとつであるだけである。
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