2011年12月1日木曜日

おじさんの野菜はどんな味?

なんか、物哀しい物語を書いてみた。
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定年を過ぎたおじさんがいた。おじさんは、余った土地を耕して趣味で野菜を育てている。
商売じゃないから、無農薬でこだわりのある野菜を少量だけ育てている。こだわりの野菜は、通常より手間がかかるし、試行錯誤で悩みや苦労が多い。趣味でやっているからできることだ。スーパーのものと比べると形は悪いが味には自信があった。
おじさんの家族だけで食べきれない分は、畑の横に建つ小屋に「よかったら、もっていってください」と張り紙して置いておいた。帰る時に置いた次の日には全部なくなっているから、だれかが貰っていってくれているのだろう。

ある日おじさんは、どんな人が持っていくのか気になって、いつものように野菜を小屋に置いた後、帰るふりをして、離れたところから隠れて見ていた。
すると、小屋の様子を伺っている人がいることに気がついた。その人は、小屋の前を通り過ぎて様子をうかがった後、また戻ってきた。
気を使うから、おじさんがいなくなるのを待っていたのだろうと、おじさんは考えた。
その後、自転車に乗った主婦や、車に乗った男性もあらわれた。
おじさんは、思いのほか人気があるのが嬉しくて、そのまま気持ちよく帰宅した。

ある日、おじさんの作った野菜がおいしいと評判になっていることを家族から聞いた。
おじさんは、人のためになっていることを知って、それまで以上に、精を出すようになった。

いつものように畑仕事を終えたおじさんは、余った野菜を小屋に置いて帰った。
帰る途中、畑に忘れ物をしたことに気がついた。畑に忘れ物をとりに戻ると、小屋には野菜をもらいにきた人達が来ていた。
近づいてみると、その光景は、おじさんが思っていたものとは少しちがっていた。

野菜を取っては置き、取っては置き・・・、形や色等わずかな違いをより分けて、もらっていく野菜を吟味していた。傷があっても形が悪くても、ひとつひとつ子供のように育ててきた野菜だから、おじさんにとって、その光景はあまり気持ちのいいものではなかった。
普通の家庭で食べるにしてはあまりにも多すぎる数を持っていく人もいた。そんなに一人で持っていっては、他の人に行き渡らなくなると、おじさんは思った。
無料なのが助かると言っている人がいた。おじさんは、味に自信があるから他の人にも食べてもらいたかったのだが、他人の節約のために置いているだけのように感じた。

おじさんは他人のためになればという気持ちで、良かれと思ってやっていたつもりだった。
だが、おじさんの他人のことを考える人の良さとは正反対に、もらっていく人達は、自分のことばかりを考えているようだった。
おじさんは現実を知った。

翌日から、おじさんは野菜に値段をつけて販売することにした。
自分の作った野菜に価値を持つ人だけに食べて欲しかった。公平に分けて欲しかった。スーパーの野菜の代わりではなく、おいしい野菜として食べて欲しかった。
おじさんの野菜は本当においしかったから、それでも売れたが、翌日には売れ残りが出てしまった。

そのうち、有料になったことで、あちこちから不満の噂が聞こえてくるようになった。
もちろん、もともと無料なのがあり得ないこと、例え有料でも是非欲しいという人もいた。
だけど、不満を持つ人は意見を言いたいが、満足している人は何も言う必要がなかった。ブーイングの声の方が大きく目立った。

もう、おじさんは、野菜を作るのがおもしろくなくなった。
おじさんは、おいしい野菜ではなく、人の醜さをさらけ出す、ひどい味の野菜を作っているようにしか思えなくなってしまった。

※この物語はフィクションであり、登場する人物・団体等は架空のものです。

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