私は株式市場というところに上場している会社に勤めているのですが、先日海外旅行のために長めの有給休暇を申請したところ、少々上の方から呼び出しをくらいました。
有給休暇という制度が法的にどういったものであるかというのはある程度存じているつもりでして、どのように言われようが最終的に有給休暇を取得できることは分かっているのですが、海外旅行ともなると航空券や宿泊施設の予約等、キャンセル時に違約金が発生したり、事前に必要となる物を購入しておいたりしなければならず、万一中止になった場合、損失がでますし、手間をかけて計画したものがオジャンになるようなことがあれば精神的にもダメージがあります。
世の中、まだ有給休暇という制度に労使とも無理解なケースもあるようですので、万全を記すため、有休申請には長めの期間的猶予と、少し上の上司への根回しをしてから行いました。とは言え、実際には今どきさすがになにか言ってくることはないだろうと思っていたのですが、予想に反し呼び出しがあったわけです。
年次有給休暇という制度に対して、根強く勘違いが浸透しているということだと思います。
有給休暇はもらえるのではなく、返してもらう
年次有給休暇は全労働日数の8割以上出勤している場合に、規定された全日数が付与されます。8割未満の場合は、その割合に応じた日数となります。これの意味するところは、出勤したという実績があってはじめて有給休暇を取得できるということです。勤務もせずに有給休暇を取得できません。勤務期間中に有給休暇分の報酬が含まれていて、後払いでその分を有給休暇取得時効である2年以内に受け取っているという格好になっています。
勤務したにもかかわらず有給休暇を取得しないということは、勤務中に稼いた有給休暇という報酬を受け取っていないことになり、万一会社が有給休暇という報酬を支払わないことがあるとすれば、給料を支払っていないことと等しいとまでは言わないまでも、それに通じるものがあります。
法律により年次有給休暇という制度が定められている以上、会社はそれを前提に経営しなければなりません。したがって、有給休暇分の余剰を加味した上で、人員や給与を設定し、有給休暇を正常に与えられるように備えておかなければなりません。それにより、仮に従業員が誰も有給休暇を取得しない場合よりも結果的に従業員の給与が全体的に減少することになるとしても、法律がそのようになっている以上どうしようもありません。有給休暇を取得する者を狙い撃ちして不利益な取り扱いをすることは禁じられていますから、給与は有給休暇未取得者を含め全従業員平均的に調整することになります。平均給与を減らせば、従業員募集時に表記する条件が悪化し、従業員そのものの定着率や就労意欲の低下を招く恐れがありますから、バランスが求められます。
会社経営者にとって難しい部分ではありますが、日本中すべての会社がそのようなルールのもとに公正な競争をしています。
抜け駆けをする会社が出て、正直な会社だけが損をすることがないように、労働基準監督署にはきっちり取り締まっていただかなければなりませんし、労使とも有給休暇という制度を理解して正常に運用することが重要になるわけです。
有給休暇を取得すると他の人に迷惑がかかる?
有給休暇というのは、労働者の指定した時期に自由に取得できます。連続して取得しても、分割して取得しても構いません。しかし、労働者の中には有給休暇を取得すると、その分の仕事が他の人に回ることを迷惑に感じる人がいます。
有給休暇というのはすべての労働者に公平に与えられた権利ですが、そのような権利があるのは、労働だけの毎日ではなく、時に家族や友人と過ごしたり、レジャーに出かける等して、疲れやストレスを癒やし、文化的な生活を営んで幸福な人生を過ごすために法律として整備されています。
雇用関係上、労使間では労働者が弱い立場にある場合が多く、法律で定めることで労働者主体の休暇制度をすべての人に強制しているのです。その結果、会社は有給休暇という制度が存在することを前提に経営せざるを得なくなりますし、労働者側についても、すべての労働者が有給休暇を取得する可能性があることを心得ておかなければならないように仕組まれています。
実質的に有給休暇の取得を阻害することはできません。なにかの理由をつけて有給休暇の取得を妨害できることがあれば、この法律は単なるザル法になり下がり、事実上、労働者は会社の定めた休日以外で休暇を取ることが困難な状態になります。それでは人生の大半において旅行すら難しい環境で生きていかなければなりません。
日本に生まれ、日本に生きる以上、休む自由などなく、働けるときは働け、といった社会では、機械でない意思をもった人間が労働の担い手である以上、いずれうまく回らなくなるのは目に見えています。
人間というのは目先のことだけを考えがちですが、労働者全員や社会全体の利益を考えた時、有給休暇は必要なものなのです。
先に書きましたように有給休暇は、一定の期間勤務した後、付与されます。これを使うなというのは、勤務期間中に稼いだはずの有給休暇という報酬を受け取るなと言っているようなものです。会社は全従業員が有給休暇を取得することを前提に経営しているのですから、基本的には有給休暇が取得できないという理由はありえません。
労働者の立場についてもそれと同じであり、有給休暇取得者がいることで仕事の配分に問題が出るというのは、有給休暇取得が障害になる理由にはなりません。
有給休暇の取得はお互い様であり、日頃からの仕事の進め方も有給休暇の取得があることを前提に考えておかなければなりません。いざ誰かが有給休暇を取得したいというとき、不都合が生じるということでは、そもそも有給休暇に対する備えができていないことになります。
こうした、労働者の有給休暇に対する意識が、有給休暇の取得をためらわせる原因になっており、労働者同士で首を絞めあっている構図を作っています。
会社に時期変更権は事実上ない
よく勘違いされていることの一つに、会社は有給休暇を拒否することはできないが、取得する時期を変更できる権利があるというものです。まず、有給休暇を取得する時期を指定する権利は労働者にあります。
同じ時期に他に有給休暇を取得する者がいたり、代替要員を確保することが困難な場合等、客観的に見て回避のしようがない事情がある場合に、時期変更がやむを得ないと認められることがあります。ただし、単に忙しいというだけでは、時期の変更は認められません。忙しいという理由を認めると、会社の都合によって事実上有給休暇の取得を困難にすることが可能になりかねません。会社は人手が必要だから人を雇っているのであって、忙しいのは当たり前です。忙しいとしても有給休暇が取れる分は確保しておかなければならないというのが、制度の求めるところになります。しかし、実際の経営の立場としてはいろいろな事情もあります。ですから、一時的な繁忙期等の客観的なやむを得ない理由があれば認められることもあるかもしれません。そうではなく、常態的に忙しくてはじめから有給休暇のことを考えていないというのでは、法律違反をしなければ成立できない前提で会社を運営していることになります。
むしろ、会社に時季変更権はないと言ってもいいくらいで、会社が望む望まないにかかわらず、時季変更せざるを得ないという状況で行われるものです。
会社が日頃から有給休暇を与えるための準備をしていて、実際に有給休暇を与えたいのだが、経営者都合でない第三者から見ても仕方がない場合に、やむを得ず、時期をずらすというようなケースです。
会社は自由に有給休暇の時期を変更できる権利があるかのように誤解をされていることがありますが、現実に時季変更権を適用するためには、同時期に有給休暇を取得する労働者の割合や、代替要員確保の困難さ等を示す必要があり、実質的に時季変更権を使うようなことはほとんどありえません。
計画的付与に労働者側のメリットはない
年次有給休暇の計画的付与という制度があります。通常、有給休暇を取得する時期というのは労働者が一方的に指定するものですが、全有休日数のうち5日を超える分については、会社側であらかじめ時期を指定できるというものです。これを行うには、労働者の過半数で組織される労働組合か労働者の過半数に選任された労働者を代表する者と書面による協定を結び、それを労働基準監督署に届け出る必要があります。
労働者が自由に指定できる取得時期を、あえてあらかじめ指定しておくことに労働者側のメリットはありません。仮に指定されている時期に取得したいことがあったとしても、労働者自ら有給休暇の時期を指定すればよいだけのことです。
年次有給休暇の取得率を上げることを目的に作られた制度のようですが、有給休暇を強制的に取らせるのではなく、自由に取れる環境や雰囲気を作らなければ、有給休暇制度の意味がありません。
実際には、計画的付与は、経営者にとって頭の痛い有給休暇制度を、会社側都合でコントロールするための裏技として悪用されていることが多いです。
正月休みや盆休み等、実質的には会社の休業日であるにもかかわらず有給休暇の計画的付与扱いにしたり、会社の閑散期に限定して有給休暇を取らせるような運用がされていたりします。
そのような会社の場合、労働者の過半数代表も会社の主導で会社の圧力のもと選任されていることが多く、過半数代表者の存在も抑止力として機能していません。
過半数代表者は投票や挙手等による民主的な方法で選出しなければならないとされていますから、形式的にはそのようにしますし、会社が投票用紙を用意することもあります。悪質なところでは投票用紙というよりは同意書のようなものになっていたりさえします。
しかし、労働者側にとって積極的に労働者の過半数代表になりたいという人は少ないでしょうし、なにより会社にとって都合のよい過半数代表者を選出しなければ会社にとってよろしくありません。
その結果、会社は、明に、あるいは暗に過半数代表者を指定してしまい、必然的に労働者がそれを投票するよう先導し、表面的には民主的な体裁で選出させます。
経営者の理解と、労働者側の意思改革が必要
年次有給休暇は会社経営者にとって忌み嫌うものとして認識され、それを法律という強制力で押さえています。会社経営者はどうにかして合法的か、グレーな方法を使ってでも労働者に有給休暇を自由に使わせない手はないかと悩まなければならない不幸な状態になっています。有給休暇が単なる邪魔な物としてしか見えず、妨害ばかり画策しているような会社では、黙っている従業員の腹の中はご想像の通りでしょう。
会社経営者の意識はそうそう変わるものではないからこそ、強力な法律が制定されているのですが、法律による強制力ではなく、制度の趣旨を理解して有給休暇を含めた会社運営をしていくことが望ましいのです。
しかし、実は有給休暇が取りづらい環境になっている最大の原因は、労働者側の意識が大きいです。会社の経営者とはいえ一人の人間であり、そうそう悪人ではありません。従業員の意向や社会的要請に逆らってまで、会社をブラックに経営していくのは難しいことでしょう。
労働者が有給休暇に対して抱いている「休むのに給料をもらっている」というような思い違いを解消し、有給休暇が給与や賞与と同様に働いた対価として、当然に受け取るものと考えるようにならなければ、有給休暇が真に活用されるようにはならないでしょう。
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